第81話 バインバイン
ニトロの背中に乗せてもらう前に、僕はピクリンさんに一つだけ確認したいことがあった。
「ねぇ、ピクリンさん。アッシュランドには、『憤怒殺し』が待ち構えてるんだよね?」
「あぁ、そうだぞ! 私たちアセトニド王国は、『憤怒殺し』を含む、元英雄全員を討伐するつもりだからな!」
「じゃあさ。飛竜部隊が突入しようとするとき、攻撃してくるかもしれないんだよね?」
「あぁ。まぁ、ほぼ確実に迎撃してくると思っていい」
「飛んでる最中に撃ち落されたりしたら……どうするの?」
ビビっているわけではない。これは、あくまで確認のため。
決してビビっているわけではないが、一応聞いておこう。念のため。
「大丈夫だ! アッシュランドの下には、あらかじめ一流の回復術師がスタンバイしているからな! 安心していいぞ!」
安心していいって……。
それ……一度、地面に激突する前提だよね……。
きっと痛いどころの話では――
「あと、トランポリン部隊も!」
「トランポリンッ!?」
僕の思考を寸断するように、ピクリンさんから発せられた専門用語。
その予想外の部隊名に、思わず僕は大声を出してしまう。
「いやいや、スロー。一流のトランポリン部隊を舐めてはいけないぞ?」
ピクリンさんは、至って真面目な口調でそう言った。
そんな原始的な! 魔法でいいじゃん、魔法で!
と、僕が厳しく言及しようとした瞬間――
「だってな、こう空を飛んでいるときにだな……」
身振り手振りで、ピクリンさんが、トランポリン部隊の有用性を説明し始めた。
今から何が始まるんだ……? 寸劇……?
「こう『憤怒殺し』が攻撃してくるだろ?」
ピューっと空を飛んでいるピクリンさんの右手に、左手がバシバシと攻撃を加え始める。
いやぁ……。
「だろ?」と、言われましても……。
「それで、上から、こう……バチーンと撃ち落されるだろ?」
その左手によって、右手が強打される。
いやぁ……、だから……。
「だろ?」と、言われましても……。
「……それを、バインバインバインだからな?」
撃ち落されたらしき右手が、激しく上下にバインバインと跳ね回っている。
口を開けて呆然としている僕に、再度、念を押すように――
「……な?」
僕がそれで安心できると思ったら大きな間違いである。
そして、その「な?」も、分からん。
全然、分からん。
……。
ただ、一つ。
バインバインとジェスチャーしているピクリンさんの……。
そう。
手と連動して揺れるピクリンさんの……。
バインバインの凄まじさだけは分かった。
参りました。これは投了も止むなし。
震源地が目に焼き付いてしまう程の凄まじい揺れ。その震度は測定不能。
マグニチュード、バインバインだ。バインバイン。
「バインバイン……」
と、僕の脳内を埋め尽くすバインバインが、喉を通って、口から漏れ出す。
「バインバイン? ねぇ、スロー。それ、なんの話?」
タイミングが良いのか、悪いのか。興味津々の様子のヴィオラ。
先程までレトをおんぶしていた彼女だが、レトの姿は見えない。
「あぁ、ヴィオラ……。トランポリン部隊だってさ……」
心ここにあらず状態の僕は、まるで魂が抜け落ちてしまったかのように答えた。
「ヴィオラ、こうだぞ! こう! バインバイン!」
「バインバイン? ……こう?」
ピクリンさんが、ヴィオラにバインバインの動きを真似させようと促す。
「だぁーー! ヴィオラは、やらなくていいから!」
すっかり骨抜きの自分自身に急いで気骨を復活させ、それを阻止する僕。
ただでさえ、最近、露出が多めのヴィオラ。
熱帯雨林地帯を抜けたというのに、未だに彼女はライトアーマーのままだ。
ピクリンさんには少し劣るものの、ヴィオラも充分にバインバイン……。
まともな自我を取り戻すため、僕は自分の頬をバシッと両手で強く挟んだ。
そんな僕を気にも留めず、ピクリンさんが、ヴィオラの装いを眺めて――
「そういえば、ヴィオラ。私と別れる前とは少し装備が違ってるみたいだねぇ。動きやすそうだな!」
「そうなの。実は、お父さんから、ヴィオラは年頃の女の子なんだからって、フルアーマーを強制されてたんだぁ。けど、旅の間は、動きやすい方がやっぱりいいからね」
何……? ヴィオラが自立を始めている……だと?
もう、すっかり“お父さん”を“バス王さま”と言い直さなくなったヴィオラを見て。
この旅で一番成長しているのは、きっとヴィオラだろう。
と、僕はどこか温かい気持ちになった。
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次話、『第82話 豹変』は、明後日の朝、午前中の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。




