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第79話 見上げる緊急事態

 ピクリンさんとの待ち合わせ場所は、王都アセトンに近い雑木林の中だった。


 僕たちは、竜車で留守番をしてくれていたクラリィとコルネットさんと合流し、来たる飛竜による決死のフライトタイムまで英気を養っていた。


 夕刻も過ぎ、暗闇が辺りを覆い尽くして久しい。


 アセトニド王国の人間にも、魔王城に住む『憤怒(ラース)殺し(キラー)』にも見つからないように、ピクリンさんの乗竜テクニックで、夜闇に紛れて空飛ぶ島アッシュランドに侵入。


 そして、こっそりと厄災『嫉妬(エンヴィー)』の手掛かりを探るという大胆かつ無謀な計画。


 そもそもこれは、計画と言える程、練られた策ではない。

 偶然に偶然を重ね合わせた、希望的観測による成り行き任せである。


 上手くいくはずがない。


 誰しもそう考えるだろう。


 僕もそう思ったし、今でもそう思っている。


 なら、現実はどうか。


 ……。


 やはり、そう上手くいくはずがないのである。


「あれってさぁ。やっぱり、ヤバいよね……」


 僕は、木々の隙間から王都アセトンの上空を見上げて、そう言った。


「なになにー? げっ! あれは絶対ヤバいって……」


 僕のすぐ隣までトテトテ歩いてきたクラリィも、夜空を見上げるや否や、僕と同じリアクションをとった。


 僕たちの視線の先――王都とアッシュランドの間には、無数の飛竜たち。


 なんと王都アセトンの飛竜部隊が、今にも空中で争いを始めそうな、まるで一触即発といった隊形に展開していた。


(にら)み合いが始まってしまうなんて……。王国は我慢できなかったんでしょうか……」


 と、コルネットさんもゆっくりこちらに近づき、空の様子を窺いながら、静かに言葉を紡いだ。


 アセトニド王国と『憤怒(ラース)殺し(キラー)』が牽制(けんせい)し合っている最中に、こっそりと……。


 そんな僕たちの甘えを許さない、ガチでヤリ合う数分前といった様相を呈している。


 そんな中、「う~ん、ピクリンさん遅いなぁ……」と、ヴィオラが、御者台の上で心配そうに呟いている。


 先程までヴィオラは竜車の御者台で、眠ってしまったレトに膝枕をしてあげていたはずなんだけど。


 いつの間にか、その枕が、悪魔の縫いぐるみヘルサに置き替わっていた。


 ヴィオラの仕業に違いない。


 あぁ、レトの頭の下で……。

 ヘルサの顔、めっちゃ平べったくなってる……。


 と、ここからでも分かる、ヴィオラのヘルサに対する無慈悲な仕打ち。

 しかし、今まで僕が見てきたヴィオラの性格上、きっと彼女には少しも悪気が無いはずだ。


 それを許しているヘルサも、意外と面倒見がいいんだなぁ。


「そういえばさぁ。ヴィオラ、ちょっと前、アッシュランドについて何か忘れてることがあるって言ってたけど、思い出せた?」


 僕は、この不安に支配され始めている雰囲気を打破するように、少し明るめな声色でヴィオラに問いかけた。


「えっとねぇ……。確か……私が天界城を出発する前に、お父さんが何か言ってた気がするんだけど……。忘れちゃった!」


 テヘッとでも言い出しそうなくらい潔い、ヴィオラの笑顔。


 それを見ていると、まぁそんなこともあるよね、という気持ちに自然となってくる。


 そんな彼女を甘やかす心情の芽生えに僕が気付いた瞬間――


「すまんっ! 待たせてしまった! ちょっと、緊急事態でな……。予定変更だ!」


 急に林の奥から、慌ただしい様子でピクリンさんが現れた。


「あっ! ピクリンさん! 緊急事態って、あの飛竜部隊のこと?」


 クラリィと、コルネットさんに、「久し振りだな~、二人とも」と、声を掛け始めたピクリンさんに対して、僕は王都上空に待機している飛竜たちを指差して尋ねた。


「いやぁ、そうなんだよ、スロー。上の命令で、今夜『憤怒(ラース)殺し(キラー)』と一戦交えることになってしまってな。ヤバいんだ」


 それはもう、ヤバいどころの騒ぎじゃない。


「え~っ! 予定変更ってことは、今日はこっそり侵入作戦ができないってこと?」


 完全にレトをヘルサに任せてしまったのか、ヴィオラが御者台を降りながら残念そうに言った。


「そうなるなぁー。こっそりと侵入することは、ちょっと無理そうかも」

「むう……。分かった……」


 最近わがままを自制中のヴィオラ。

 彼女は、なんとも無念そうに我慢の意を表明した。


 偉いぞ、ヴィオラ。我慢できる子だぞ、ヴィオラ。


 と、僕が、ヴィオラの成長振りを生温かい目で眺めていたら――


「だから、今夜。みんなを真正面から連れて行こうと思う!」


 ん? 真正面?


 ピクリンさんの口から、何やら不穏なワードが聞こえてきた気がした。


「戦場を突っ切って、アッシュランドに侵入しよう!」


「いやいや、それはヤバすぎでしょ!」と、ピクリンさんの提案に、声を上げてしまう僕。


 その一方で、「わぁ! 行けるの?」と、先程とは一転、碧眼を輝かせているヴィオラ。


「だが、一つだけ問題があってな……」


 ピクリンさんよ。

 現実から目を逸らしてはいけない。

 問題は決して一つなどではない。


「私の小隊も同行させてもらいたいんだ。こうなってしまった以上、私一人が自由に戦場を動き回ることはできなくて……」


 アセトニド王国の人間は、本当に信用できるのだろうか? などと、僕の脳内に次から次へと心配事が湧いて出てくる。


「邪魔にはならないと思う。かなり腕の立つやつたちだから。一人はこの国一番の剣士、もう一人は天界から降りてきた天使族のやつなんだが、ヴィオラたちは名前を聞いたことがあるかもなぁ。ドネオっていうんだけど」

「知らなーい」

「ボクも知らないなぁ」


 ピクリンさんの挙げた名前を、ヴィオラとクラリィが否定した。


 ただ――


「ドネオ……。まさか……」と、一人暗い表情のコルネットさん。


「おっ? コルネットとは知り合いだったのかな? この林の奥の開けたところに、二人を待たせてるから、取り敢えず合流しますか!」


 こうして僕たちは、なし崩し的に、ピクリンさんの小隊と顔を合わせることになったのだった。

いつもお読み頂き、誠にありがとうございます!

気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


次話、『第80話 剣聖とエセ堕天使』は、明後日の朝、午前中の投稿となります。

引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。

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