第74話 戦場を生き延びた男
「うおーー! 朝日が目に染みるぜぇ!」
太陽を見上げたゴンザレスの喉から、ガラガラと掠れた声が出た。
「何言ってんだい! もう昼だよ!」
ゴンザレスの奥さんが、ピシャリとゴンザレスのお尻を叩いた。
ゴンザレスに続くようにして、地下室からゾロゾロと出てきたシン・グーの男たちは、少し疲れて見える。
それは、彼らが寝起きだからではない。
レトの存在に驚いたゴンザレスの悲鳴が、新たな悲鳴を生む無間地獄。
その涙は滂沱として、滝。
桃目の襲撃ではないことに気付き、ようやく落ち着きを取り戻した男たちの目は、泣き腫らしてすっかり赤目。
彼らは一様に、ヘトヘトの表情ではあるけれど、久し振りに地上でリラックスできることに、幸せを噛み締めているようでもある。
やっとジャングルの村シン・グーに、普段通りの生活が戻ってきた。
「おはよう、スロー。体の調子はどう?」
村の中心にある広場で待っていてくれたヴィオラが、心配そうに声を掛けてきてくれた。
「よく寝たからねぇ、絶好調だよ!」
深いダメージを負っていたのは、フィジカル面ではなく、主にメンタル面なので。
ナマケモノのように眠りに眠った今日の僕の体の調子は、頗る良い。
「良かった! レトちゃん、起こしに行ってくれてありがとう」
クラリィよりも一回り小柄な体格のレト。
まだ幼い彼女と接するヴィオラは、いつもと違ってなんだかお姉さんのように見える。
「竜車の準備できたよーー! あっ、スロー!」
コルネットさんと一緒に村の停竜所から帰ってきたクラリィが、タタタッと走ってくる。
「クラリィ、おはよう。昨日は本当に助かったよ、ありがとう」
「間一髪のところだったけど、間に合って良かったよ。もう少しでボク、鬼になっちゃうところだったからね」
昨晩、遺跡で鬼神の如き活躍をみせてくれたクラリィ。
怒っていた表情は、ちょっと鬼になってたような気もするけど、それは言うだけ野暮な話。
「あのねぇ。昨日の夜、ベッドに誰かさんがいなかったから、クラリィはあんまり眠れなかったんだって」
「ちょっ! ヴィオラ、何言ってるの!」
突然の暴露話に、クラリィが焦ってヴィオラに詰め寄っている。
「みんな心配してたんです。スローくんが女性恐怖症になっちゃったらどうしようって……」
耳元にコルネットさんの優しい声。
いつにも増して距離が近い。
「桃目になったアマゾネスたちは今でもまだ怖いですけど、コルネットさんたちだったら全然大丈夫ですよ! どーんと来いです!」
「ふふっ、元気そうで良かったです」
慈愛に満ちた目で微笑んでくれている。コルネットさん、マジ天使。
「えーー、改めまして。昨晩は大変お世話になりました。助けていただき誠にありがとうございます」
僕は、旅の一行に向け、少しだけ畏まって感謝の意を表明した。
「困ったときはお互い様だよ!」
「スローが攫われたのは、監視役であるボクの責任でもあるからね!」
「いえいえ、私のときもスローくんが一番に助けに来てくれたじゃないですか」
みんなの励ましに、少しウルッときてしまう僕。
これは、あれだから。ゴンザレスみたいに、朝日が目に染みただけだから。
「ワタシも昨日の夜はお世話になりました! ありがとうございました!」
と、レトも僕に倣ってか、丁寧に礼をして言った。
攫った人と攫われた人が同席する不思議な会見現場である。
するとそのとき、ジャングルの木々を大きく揺らし、湿気を帯びた強い風が吹いた。
その風の先には――
なんと褐色の肌の女性が立っていた。
ひゃあ、桃目!! ……ではないのか、もう。
「やぁやぁ、みなさんお揃いで!」
そのアマゾネスにお姫様抱っこされているリオンさんが挨拶をしてきた。
リオンさんは、声こそ元気に聞こえるが。
目は虚ろで、頬なんかもう痩け切ってしまっている。
まさに、精も根も尽き果てたといった相貌。
アマゾネスたちに、もがれてしまったのか。
それとも遺跡に落としてきてしまったのか。
右の義足も外れてしまっている。
そして何より――
肌のあちらこちらに見られる、尋常ならざる数のキスマーク……。
「リオンさん……。よくぞ御無事で……」
僕は、色々なことを察して胸が詰まり。
一時的ではあったが同じ戦地を切り抜けた戦友に対して、心の中で敬礼をした。
「ねぇ、リオンちゃん。お友達ってこの子たちのこと?」
「そうだよ。ありがとう、フィリー」
「あらぁ、レトもいるじゃない。あなたこんなとこで何してるの?」
「あ、フィリー! ワタシね。この村で一晩だけ泊めてもらってたんだぁ」
「ふ~ん……。あ、そうそう! 見てよ、私の可愛いリオンちゃん。ちょっとミイラみたいでしょ? ウケる」
こらっ! ウケるんじゃない!
リオンさんは、頑張ったんだ!
けど……。
本当に干物のような……。
確かに、出土された状態のミイラのような……。
「う~ん。ワタシのスローの方が、絶対可愛いもん……」
「“ワタシの”って、あなた儀式に参加してないじゃない」
「連れて行ったのはワタシだから、スローはワタシのだもん!」
彼女の急な所有宣言に、「なっ!?」と、同時に絶句するクラリィとコルネットさん。
僕の脳内にも、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。
「ジャングルのしきたりでは、儀式の夜を生き延びられた男は、遺跡まで連れてきたアマゾネスのモノになるらしい。つまり、僕はもう完全にフィリーのモノだけど、形はどうあれ、スローくんも儀式の夜を生き延びたという点からすれば、その子のモノと言えるのかもしれないね」
リオンさんが、肌の露出の多いフィリーの腕の中で、まるで赤ちゃんのようにヨチヨチとあやされながら、説明してくれた。
フィリーもなんだかんだ言って、リオンさんにメロメロのようだ。
目はピンク色ではなくなったけど、ハートマークが浮かんでいてもおかしくないくらい夢中になっている。
「レト。あなた、もう今年から一人前のアマゾネスなんだから、絶対その坊やをモノにするんだよ?」
「うん! 分かった!」
「まぁ、坊やがモノにならなくても、レトが立派なアマゾネスの子を連れて帰ってくるなら、それはそれで私たちは構わないけどねぇ」
冗談気味に、そう言うフィリーと。
フムフムと、アマゾネスの教えを真剣に受け止めているレト。
レトが、アマゾネスの子を……。
いや、それはあかんやん。
男を連れ去ったり、乱暴したり、自分のモノにしたり。
まだこんな幼い子に、しきたりを強要したり。
アマゾネスたちの人権意識は、どないなっとるんや?
そんな調子で、頭の中でエセ関西弁がチラチラと顔を覗かせている僕に向かって。
「そうそう、坊や。この子、忘れる前に返しておくわね」
と、巨大な胸のクレバスの深みから取り出されたのは、ピクリとも動かないヘルサだった。
ずっと豊かな山々に圧し潰されていたのか。
ぺちゃんこになってしまっているヘルサの頬には、大きなキスマークが一つ。
リアルな質感の角も、どういう仕組みなのか、平べったい。
「あぁ、そうだった。昨日の夜、何か忘れてた気がしたんだよ」
「みんなオレを忘れて帰るなんて、ヒドいギギ……」
「あ、生きてた」
「死んでるギギ……。オモシロそうだったから儀式を観察していたら、ついでに吸われちゃったギギ……」
おこぼれ、貰ってんじゃねーよ!
とは言えそうにない雰囲気だったので。
ヘトヘトのポテトみたいな姿になってしまった瀕死のヘルサを、そのままそっと死なせておくことにした。
「リオンさんは、これからどうされるんですか?」
「僕は、大丈夫。ジャングルのどこかにあるアマゾネスの村で、フィリーと幸せに暮らすことにするよ」
「リオンさん……」
「いや、何も言わなくていい。感謝しているんだよ。あの女の子、『嫉妬』に似ているけれど、本当は違うんだろう?」
ヴィオラを見て、そう呟くリオンさん。
「僕が『色欲壊し』と呼ばれることも、この先もう無いだろう。全部、彼女のおかげだよ」
精気が不足している彼のハンサムフェイス。
影が差し、ある種、儚さという魅力が加わったようにも感じられる。
「スローくんたちは、『嫉妬』を探す旅をしているらしいね。その縫いぐるみから聞いたよ」
「実は、そうなんです……」
「僕も一度、『嫉妬』に会ったことがあるけど、もうその場所に『嫉妬』はいない。呪いの消えた機械椅子以外、痕跡が消えてしまっていたんだ」
亡霊らしいといえば亡霊らしいけど。
手掛かりがなくて、僕たちは振出しに戻ってしまった。
「膨大な情報を精査して、世界中かなり探し回ったんだけど、結局見つからなかった。目星を付けていて、まだ探せていない場所といえば、あの城の周辺くらいかな」
「あの城って、どこかにお城が有名なところでもあるんですか?」
「あぁ、魔王城だ」
「魔王城!?」
いや、勇者!
そんな旅、もはや勇者がするやつだから!
そんな文句は、口に出せず。
「かなり危険な旅になると思うけど、行ってみる価値はあると思うよ」
「有力な情報ありがとうございます……」
こうして、『嫉妬』を討伐するという僕たちの旅の目的地が、更新されることになったのだった。
これにて、【第二章 地上の旅路】完結となります。
いつもお読み下さっている皆さま。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
スローライフを目指していた第一章とは異なり、異世界の旅を中心としたドタバタ大騒ぎの第二章はいかがだったでしょうか?
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
続く【第三章 魔王城】は、いつも以上に戦闘描写が多めで、より一層ワクワクして頂ける内容となっております。
また、旅の途中で離脱した乗竜階級の騎族ピクリンさんも再登場する予定です。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。
次話、『第75話 白昼の作戦会議』は、12月前半から隔日投稿となります。
後書きが長くなりましたが、ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。




