第73話 騎馬の制止は難しい
褐色の女性が這い寄ってくる。
「ふふふっ、可愛い」
僕は仰向けになったまま身体が動かせず、逃げられない。
「おねぇさんが全部やってあげるからねぇ」
恐怖のあまり、悲鳴を上げることすらできない。
「どうしたの、坊や。力を抜いて……」
粘っこい舌なめずりの後、徐々に桃目の顔が近づいてくる。
「いくわよぉ。ほらぁ……」
吸い込まれそうなショッキングピンク色の瞳。
「いただきまぁ~す」
ガバリと起き上がると――
僕は無数の筋肉に囲まれていた。
広い部屋に布団を敷き詰めただけの、男たちの雑魚寝。
僕の隣で静かに眠っているのは、頭にボンボンのついた可愛いニット帽を被ったゴンザレス。
周りを見回すと、シン・グーの屈強な男たちが、イビキもかかず、寝返りも打たず。
全員が、ただひたすらに、幸せそうな表情で熟睡していた。
「みんな、めっちゃきれいな寝相……」
視覚的には噎せ返る程の男臭がしているものの、嗅覚的には男たちが寝る前に塗っていた保湿クリームの香りが漂っている。
寝ても覚めても悪夢的と言えば悪夢的ではあるけれど。
安心していいのか、ダメなのか分からないまま。
取り敢えず二度寝しよう、全部忘れよう、そうしよう、と僕は再び横になった。
いやはや。
夢に見るまで、桃目の存在が心的外傷になってしまっていたとは。
僕は目を閉じたまま、昨夜の出来事を追想して少しだけ身震いをした。
あの遺跡での一件の後。
結局、僕たちはレトも引き連れて、ジャングルの村シン・グーまで帰った。
しかし、シン・グーの男たちは、一人残らずビビッてしまっていて。
ピンクムーンが完全に消えるまで、全員地下室に引き籠ってしまっていたので。
僕の心配は杞憂に終わった。
そして、僕たちが村に着いた時に出迎えてくれたご婦人――ゴンザレスの奥さんにお願いして、レトも一晩だけ村に泊めてもらえることになったのだった。
ちなみに、念には念を入れて、僕も夜明けまで地下で過ごさせてもらうことにしたのだが。
地上に女性、地下に男性という隔絶された夜の生活も、月がピンク色でなくなる今日までの話だ。
ここは地下。
いつもとは違って、目覚めの隣にクラリィが添い寝をしていないので、空いているスペースに、ちょっとだけ手足を伸ばしてみる。
すると、突然――
仰向けの僕の下腹部に、ズシリとした重みが加えられた。
「ぐえっ!」
寝返りをしたゴンザレスの太い腕でも圧し掛かってきたか?
そんなことを思いながら、僕が目を開けると――
「う~ん。儀式って、確かこんな感じだったよなぁ……」
レトが僕の身体に馬乗りになっていた。
彼女は、そのスモークブルーの瞳で、僕の腹筋辺りを真剣に見定めている。
「レト……。そこで何してるの……?」
「あっ! スロー、おはよう!」
「お、おはよう……」
「あのね、村の人たちがね。オトコたちはいつまで寝てるんだって、怒っててね。起こしに行ってくれないかってお願いされたの。多分ワタシが行けば一発だって言ってた!」
村人から仕事を任されて嬉しそうなレトが、ヒソヒソと早口で言った。
「確かに一発だろうけど……」
首だけを傾けて隣のゴンザレスを見ると、「おっかぁ……」と、むにゃむにゃ不思議な呪文を唱えているところだった。
睡眠という幸福が人生の中でかなりの重要度を占めている僕にしてみれば、彼らの幸福を壊すのはとても胸が痛い。
「みんな全然起きないねぇ」と、少し不服そうなレト。
暇を持て余したのか、僕の下半身に跨ったまま前後に揺れ出した。
「ちょっ! レト!」
レト、それは色々あかん!
儀式を見学した成果は、別に披露してくれなくてもええんやで!?
エセ関西弁が出てしまうくらい脳が覚醒してしまったので。
二度寝を諦めた僕は、急いで上半身を起こして、騎馬兵レトの動きを何とか制止しようとする。
「レト、少し落ち着こう!」
「え~? どうしたの?」
「ちょっとこれは、多方面からお叱りを受ける可能性があるから!」
「お叱り?」
猶も、ゆさゆさと“お馬さんごっこ(意味深)”を止めないでいるレト。
しかし、幼いながらもアマゾネス族の片鱗を窺わせる彼女のパワーは、僕の腕では全くコントロールできない。
腕の筋肉では埒が明かないと判断した僕は、現状の猥褻事案を打開するため、全身の貧弱な筋肉を総動員して、体勢を変えようと――
「あ~っ! スロー、いきなりそっち側に身体を傾けたら!」
バランスを崩し、絡まり合ったままゴンザレスの上に転げる二人。
「ぐえっ! んん……? なんだぁ?」と、目を擦るゴンザレス。
まぁ、その当然の帰結として。
次の瞬間、この男たちの聖域が阿鼻叫喚の地獄と化したことは、想像に難くない。
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次話、『第74話 戦場を生き延びた男』は、明日の朝、午前中の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。




