第72話 帰ろうか……
二本の角が生えた竜の頭蓋骨。
それを丸ごとそのまま加工してできた不気味な盾が、濃い蛍光ピンク色に発光している。
呪竜骨の盾。
それは、Sランク級のレア度を誇る、天界城の国宝の一つ。
そして、敵意を持って加えられた攻撃を呪いに変えて反射するという恐ろしい防具でもある。
ヴィオラの構えていた盾に先程加えられた敵意は、呪いとして全てリオンさん自身に跳ね返ったことになる。
ただ……。
「これだぁぁぁーーー! この感覚だぁぁぁーーー!」
と、リオンさんは、遺跡の床に転げまわりながら、幸せそうな顔をしている。
折角のハンサムフェイスが台無しである。
ヴィオラの身体をこの世界にコピーして存在している亡霊――厄災『嫉妬』。
誤解したリオンさんが、性的な快楽を求めて、『嫉妬』と全く同じ外見のヴィオラに突撃した結果。
呪いとして反射されたのは、性欲が失われたはずの彼の脳を蝕む、ショッキングピンクの光。
「いいぞーーーー!!」と、叫んでいるリオンさんの頭の中は今、きっとエロスな色々で一杯になっているのだろう。
エロス――
それは、性欲がないなんていうエロスを、軽々と超越するエロスであり。
もうリオンさんの脳内にあるエロスとエロスの境界を、間違いなくエロスしてしまったと考えていいくらい、エロス的エロスなのだ。
もはや合目的的エロスと言っていい。
そんな頭の中が真ッピンピンのリオンさんに近づく、複数の桃目の影。
「ちょっと、あなた。こっちの坊やは、いらないの?」
「えっ? いらない!」
そばにいたヴィオラが、きっぱりとそう言い切ると。
「あら、そうなの? うふふっ、ありがと」
アマゾネスたちは、不敵な笑みを浮かべ。
余韻を楽しむように大の字になって蕩けているリオンさんの足を掴み。
そのままズルズルと祭壇の方へ引きずっていってしまった。
そして、遠くの祭壇で再び形成される、褐色の肌の塊。
……。
絶対あの周辺、酸素少なめ。
「あらあらあらぁ? 坊や、さっきと違って元気いっぱいじゃない……」
と、山岳の中心部から漏れてくる艶っぽい声。
続いて聞こえてくる、「あかーーーん!」というエセ関西弁の悲鳴。リオンさんバージョン。
いいのかダメなのかどっちだよ、とも一瞬思ったけど。
……リオンさんよ、さらば。
僕は心の中で、静かにご冥福をお祈りすることにした。
「ねぇ、スロー。あれ、何してるんだろうね……って、あっ!」
見ちゃダメです、と赤面するコルネットさんの手によって、クラリィの両目が防がれた。
モゾモゾと怪しく蠢き始めたマウント・リオンを、「おーーー……」と、具に観察していたむっつりヴィオラ。
彼女は、コルネットさんの忠告を耳にして我に返り。
スチャッと呪竜骨の盾をお面のように装着して、自分の顔を隠したけれど……。
ヴィオラ! 頭蓋骨の眼孔から覗くのを止めなさい!
「みんな……。帰ろうか……」
もうこれ以上は、教育上よろしくないことが明々白々だったので。
僕たちは、アマゾネスたちの嬌声が聞こえ始める前に、遺跡を去ることにしたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
遺跡を出ると、彩度が高まり、血のように赤く見える月夜だった。
なんだか恐ろしいものを見た気がして、僕たちは無言のまま長い石段を下っていった。
きっとそれぞれ、複雑な心境だったんだろうと思う。
すると、一番下。
最後の段に、一人で寂しそうに座っている幼い少女の後ろ姿が見えた。
「レトじゃん。どうしたの、こんなところで」
少し上の方から聞こえる僕の声に、ハッと振り返ったアマゾネス族の少女レト。
「あっ! オトコ……じゃなかった、スロー!」
褐色の肌の少女は、立ち上がってお尻の砂を払うと、嬉しそうにこちらに近づいてきた。
「あのね。ワタシね。今年から儀式を見学していいって言われてたんだけどね。みんなはなんだか様子が変だし、儀式はつまんないし。早く終わんないかなぁって、ここで待ってたんだぁ」
「そうだったんだ……。偉いね……」
レト、超お利口さん……。
遺跡の中は、今まさに儀式の真っ最中のはず。
レトは絶対に近づけてはいけない。
「この子、桃目にはなっていないみたいですね……」
「ピンクムーンの影響を受けてないのかな?」
コルネットさんとクラリィが少し警戒した様子で、そう言った。
どうしようか……。
このエロス極まる遺跡の近くに、このままレト一人を置いていくわけにもいかないし……。
「ねぇ、レト。ここからアマゾネスたちの集落って遠いの?」
「う~ん。ちょっと距離があるかも~」
僕の質問にレトが答えた瞬間、ジャングルの奥地から獣の雄叫びが聞こえた。
いくらアマゾネスの力が強いといっても、レトはまだ子供だからなぁ……。
そんな調子で、僕が腕組みをして悩んでいると――
「あなた、レトちゃんっていうのね! 私、ヴィオラ! 今から私たち、シン・グーっていう村まで帰るんだけど、ここにいると色々危ないからレトちゃんも一緒に来ない?」
ヴィオラが石段にしゃがみこみ、レトと目線を合わせて、そう尋ねた。
僕も一応、その案を考えはしたのだが。
僕たちは大丈夫だとしても、シン・グーの人たち。
特にゴンザレスを中心とした男たちが、怖がって泣き出したりしないか、心配なんだよなぁ……。
そもそもヴィオラは、レトが僕を攫った犯人だと知っているのだろうか……。
「えっ? いいの? ワタシ、ちょうど眠くて困ってたとこだったんだぁ!」と、レトのスモークブルーの目が、キラキラと輝く。
う~ん……。ま、いっか。
ここに残して帰るよりは、いいだろう。
「帰ろう帰ろう!」
僕は、目と同じ色をしているレトの癖毛を優しく撫でながら、一つだけ大きな欠伸をした。
あれ?
何か忘れている気がするけれど……。
それも……。ま、いっか。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
次話、『第73話 騎馬の制止は難しい』は、明日の朝、午前中の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。




