第71話 浮かぶ月、儀式の夜
祭壇に、ムーディな月光が差し込んでいる。
ドカドカと遺跡に入ってきたのは、際どい装いをした褐色の肌の女性たちだった。
髪の色は多種多様だったが、目の色は一様に、月光と同じピンク色に染まっている。
彼女たちが桃目……と、僕は一目で理解した。
「さぁ、みんな! 儀式を始めましょう!」
と、先頭の桃目が短く開宴の辞を述べた。
その後は、もう抵抗する暇さえなかった。
桃色の輝きを放つ双眸を持ったアマゾネスたちによって、あれよあれよという間に、僕とリオンさんは、祭壇の上に仰向けの状態で手足を縛り上げられてしまった。
「あらぁ、いい男じゃない! 少しは楽しめそうかしらぁ」
「ハハッ! 精々、僕を楽しませてくれ!」
僕の隣、リオンさんの祭壇では、化け物と化け物が睨み合い、挑発のパフォーマンスが行われている。
怖い。
キミたちは、お互いに減量で気が立っている試合前のボクサーか何かか?
その一方で――
「私は、こっちの坊やの方がいいわぁ」
「分かるぅ。ちょっとウブな感じがそそられるわよねぇ」
「私、イケメンすぎるのは苦手なの」
「ちょうどいい感じが好み……。しゅき……」
「可愛い系よねぇ……」
僕の周りで舌なめずりをするナイスなバディのアマゾネスたち。
こちらの祭壇は、まるでヘビに睨まれたカエルの解剖台の様相を呈している。
周りを囲んでいる桃目たちの人数比は7対3くらいで、明らかにリオンさんの方が人気。しかし、全く悔しくならないのが不思議なものである。
僕が、現実逃避にそんなことを考えていると。
リオンさんから借りていた白シャツの上に、一人のアマゾネスのすらりとした指が這う。
「ひぃ……」と、僕の口から情けない声が漏れる。
「ひぃ、だってぇ~」
「ふふふっ、可愛い」
「怖がらなくてもいいのよ」
「しゅき……」
「ボタン外しちゃお……」
ゆっくりと上から順番にシャツのボタンが外されていき、僕の貧相な上半身が露わになる。
OUTじゃないか? これは、絶対にOUTなんじゃないか?
パニックの僕に残された頼みの綱は、腰に巻かれた一枚のボディタオルのみ。
すると一人のアマゾネスが、「もう我慢できないっ!」と、縛られた僕の上に馬乗りになった。
「ずるいっ! オトコをここまで連れてきた子が一番ってルール、ちゃんと守りなさいよ!」
「いいじゃない、レトがいないんだから。早い者勝ちよ」
僕の身体に、気の強そうなアマゾネスの体重がかかる。
「あかん! これ、絶対あかんヤツや!」
と、デス関西弁モドキすらも、僕の口から召喚されてしまう始末。
その口に近づく、妖艶なアマゾネスの唇。
僕の顔にかかる吐息。甘い香り。
さよなら、僕の真っ白な心……。
「あかん……」
「ん~? 何がダメなの~?」
煽情的な言葉と共に、ハムッと僕の耳が甘噛みされる。
いや、ほんまにあかーーーん!
僕が、そう心の中で叫んだ瞬間――
「神の一吹き!!!」
入口の方から物凄い突風が吹き、僕の視界を遮っていたアマゾネスが消えた。
「クラリィ! 助けて!」
「ボクに……任さんかいっ!!」
えっ? なんでクラリィもエセ関西弁?
ただ、僕とクラリィの付き合いだ。声色から分かる。
彼女は今、怒髪天を衝き、怒り心頭に発し、怨み骨髄に徹している。間違いない。
僕が怯えながら入口の方を見ると――
鬼の形相をしたクラリィが、風の魔法を乱発し、僕の周囲のアマゾネスたちを吹き飛ばしていて。
能面のような表情のコルネットさんが、今まで一度も見たことのない静かな怒りのまま、向かってくるアマゾネスたちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
ヴィオラが、呪竜骨の盾と天鏡の盾で、しっかりと自分の身を守っていた。
「助けが間に合って良かったギギ」
僕の手足を縛っていた縄が、ヘルサのナイフで切断される。
ヘルサ、作り物じゃないナイフも持ってたのか?
そんな思考も半ばで打ち切り、僕は急いで起き上がって、「ありがとう。ほんとにありがとう」と、半べそをかきながら感謝。
助けに来てくれた皆に急いで合流すると。
「お風呂場で連れ去られたって聞いたので……」
少し頬を桃色に染めたコルネットさんが、僕の着替えを持ってきてくれていた。
二度あることは三度あるとはよく言ったもので。
これで取り敢えず、ヴィオラ、クラリィ、コルネットさんの順番で、旅のメンバーに僕の裸体を披露したことになる。
僕にはそういった趣味はないんだけれど、逆に露出趣味があった方が精神衛生的上よかったのかもしれない。
こう何度もだと、いい加減僕の鋼鉄のメンタルも金属疲労するというものだ。
泣きそうになるのをグッとこらえて、リオンさんの方を見ると。
彼の祭壇には、堆く積み重なっているアマゾネスたちの姿が。
僕のことを潔く諦め、リオンさんに切り替えた桃目たちのせいで、ついに10対0の人数比となった今、彼の身体を中心として女体のピラミッドが形成されている。
そこから、「なんだ……。キミたちでも僕を満足させてくれないのか……」というリオンさんの呟き。
すると突然――
リオンさんを性的に捕食しようとしていた山脈が大爆発した。
受け身も取れず遺跡の四方八方に着地した桃目たちが、一体何が起こったのかと驚いている。
ただ、ピンクムーンの力によって増強された肉体は、無傷のようだ。
衣服が焼け焦げて、そのセクシーさに大きく拍車がかかっているが、ここは敢えて触れない。
「やはり、僕を満足させてくれるのは、『嫉妬』だけか……」
白い煙の中から姿を現したリオンさん。
その右腕が、筒状の大砲のような義手に変化している。
鋭利な刃物であったり、バズーカ砲だったり、あの腕の魔道具は様々な武器に換装できるようだ。
これが、『色欲壊し』の力……。
リオンさんの過去の話を聞いた後だから分かるが。
これ以上彼に不満が蓄積されると、この遺跡ごと……いや、このジャングルごと破壊されかねない。
皆を連れて逃げ出そうか、それとも、なんとかしてリオンさんを止める方法を考え出すか。
僕がフルスピードで脳を回転させ、逡巡していると――
「まさか……。キミは、『嫉妬』……」
リオンさんの視線の先には、新しくなったインベントリー・ポーチに天鏡の盾を収納している最中のヴィオラ。
どうやら一生懸命に盾を詰め込んでいる彼女には、リオンさんの熱い眼差しが伝わっていないらしい。
「もう一度! もう一度だけでいいんだ! 僕にあの絶頂を! あの快楽をくれないか!」
彼が煩悩丸出しで、そう叫ぶと。
彼の右義足に仕込まれている魔道具が火を噴いた。
片足で跳躍したリオンさんが、猛スピードで一直線にヴィオラの元へ。
「ヴィオラ! 危ないっ!」
ヴィオラが、そちらに気付く。
そして、咄嗟に。
まだ仕舞われていなかった呪竜骨の盾を、飛来するリオンさんに向けた。
二人の衝突。
「ヴィオラ!」
心配なんて言葉では表せない感情。
思わず僕は、彼女の名前を叫んでいた。
しかし、その場に立っていたのは、盾を構えた状態で呆然としている、無傷のヴィオラだった。
その足下には……。
「おっ? おおっ? おおおーーーーーっ?」
自分の頭を抱えながら、のたうち回っているリオンさん。
その表情は、苦悶というわけではなく。
どちらかというと――
「いいぞぉぉぉーーーーーっ! すごいぞぉぉぉーーーーーっ!」
リオンさんは、遺跡の床の上で、幸福に身をよじらせていた。
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次話、『第72話 帰ろうか……』は、明日の夜頃の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。




