第6話 無能力者スロー
え~、結論から申し上げますと。
突き出した僕の右手からは、何も放たれなかったのでございます。
えぇ。一つもでございますです、はい。
神殿じみた装飾が施された柱の列。
その間から雲一つない空が見える。
あぁ……。空が青い……。
限りの無い群青……。
姫騎士たちは、鬼気迫る険しい顔をしながら、今か今かと、剣や杖を構えて固まっている。
対して僕は、無心で能面のような顔をしながら、暇だ暇だと、同じポージングのまま固まっている。
「スローよ……。その堕落のスキルは、もしや己の肉体の方に影響がある能力なのではないのか……」
と、沈黙を破るように、バス王が口を開いた。
あぁ……。フォローしてくれている……。
バス王さまって意外に優しい……。
けど、今はその気遣いが、ひび割れかけた鋼鉄のメンタルに沁みる……。
「そう……なのかも……」
言われてみれば、早く横になって傷心を癒やしたい気もする。
これが堕落スキルの効果か、恐ろしい。
「ショナ、スーナ、セーナ。お前たちは何も感じないのか?」
どうやら姫騎士たちの名前らしい。
左から順に、大剣を構えている黄色の鎧のショナさん。
木製の杖を構えている紫色の法衣のスーナさん。
そして、絶対に逆らわない方がいい赤色ビキニアーマーのセーナさんである。
セーナさん一人だけ、趣味なのか、そういう癖なのか、肌の露出度が高く、よく日に焼けた褐色の肌を大胆にひけらかしている。
そんな彼女は、根っからの武闘家気質なのか、武器を持っていない。
姫騎士たちは、一見するに二十歳過ぎかそこらで、その背中からは、それぞれ立派な白い天使の羽が生えていた。
「はい! なんともありません!」
ショナさんが、大剣を背中の鞘に収め、姿勢を正して、そう言った。
「私も、なんともありません……」
スーナさんが、すっと杖を下げ、僕を冷めた目で見ながら、そう言った。
セーナさんは、ただ大声で笑っていた。
「スロー。お前はどうなんだ?」
「あぁ……はい」
どうと聞かれても困る。
「なんだか眠たくなってきた気もします……」
これは余談だが、さっきから腹の虫が胃の中で奇声を発している。
それも、グゥとかグギュとか生半可な音ではない。
もっと筆舌に尽くしがたい不浄な轟きだ。美しくない音。
「ふむ……。スローには、我が天界の戦力になってもらいたかったのだが、致し方あるまい……」
いやいや、天界の戦力という、ワクワク・スローライフの対義語よ。
恐らく、女神マリアさんが一目散に駆け出して行った、敵襲というのと関係がありそう。
「す、すいません」
「まぁよい……。今日は休め……」
「ありがとうございます……」
「ヴィオラ、スローを客室に通せ……」
「はい! 承知致しました!」
入口付近に控えていたヴィオラが、そそくさと僕の隣に並んだ。
彼女は、姫騎士ではなく、一般兵的な扱いなのかもしれない。
「スローよ……。また明日、ここへ来い。そのときにお前の処遇を決める……」
あぁ、ダメだ。
きっと、無能力者の命は明日でおしまいなんだ。
そう思わせるバス王の命令が、低い声で冷徹に言い放たれる。
来世では、真のナマケモノになりたいなぁ……。
僕は、もうほとんど余力の残されていない脳内で、そうぼんやりと願った。