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第66話 密林の村シン・グ―

 

 密生した樹木は、まるで人間の侵入を拒んでいるようにさえ見える。


 至るところに植物の(つる)が伸びており、風もないのにその(つる)が揺れ。

 どこからともなく鳥獣の鳴き声が聞こえてくる。


 日はまだ高いはずなのに薄暗く、湿気も高い。

 ずっと誰かに見張られているような、そんなじっとりとした不気味さが辺りを覆っている。


 これをジャングルらしさと一口で言ってしまっていいのか分からないが。

 僕たちが、今まで感じたことのないロケーションの雰囲気にのまれ始めた頃、小さな村が見えてきた。


「あら、旅のお方かい? ここはシン・グー。見ての通り、なぁんにもない村だけど、ゆっくりしていっておくれ!」


 村の入口付近で畑作業をしていたご婦人がその手を止め、豪快な口調で言った。


「ありがとうございます。お邪魔します」

「お邪魔します……」


 僕と人見知りのクラリィが御者台(ぎょしゃだい)を降りて挨拶をすると。


「まぁ! お兄ちゃん、まさか男の子かい? あたしゃ、てっきり二人が姉妹だと思ったよ!」

「一応、男の中の男として、やらせてもらってます」

「そりゃ大変だ! あんた、今夜ピンクムーンだよ! 男なんだったら、一日だけこの辺りにくるのを我慢したら良かったのに!」

「ピンクムーン? 『嫉妬(エンヴィー)』の厄災ではなく?」

「厄災だか白菜だか知らないけど、取り敢えず村の中に入りな! 話はそれからだよ! さぁ早く!」


 竜車や緑竜のミドリは、村の停竜所当番に任せればいいとのことなので。

 勢いに押されるまま、僕たち一同は、村の奥へと案内されることになった。


 竜車の中から降りてきたヴィオラとコルネットさんが、僕を護衛するかのように、自然と僕の少し先を歩いてくれている。


 あちらこちらに屋根の低い木造の建築物が点在するシン・グーの中を歩いていると、数人の女性がせっせと働いている姿が見られた。


 ただ、奇妙なことに。


 村の敷地内――窓から窺える家屋の内にすら、男性の姿が一人も見えない。


「男の人、一人もいないみたいだね」


 僕はヒソヒソ声で、僕の服の(すそ)(つか)みやや警戒気味のクラリィに言った。


「ほんとだね……。みんな(さら)われちゃったのかな?」

「ひえ~。僕も(さら)われないようにしないと」

「大丈夫だよ。スローは僕がしっかりと掴んでおくから」


 そう言って、クラリィは(すそ)から手を放し、今度は僕の右手をギュッと握った。


「いや、もうほんと。クラリィさん、お願いします」


 僕は、自分の不甲斐なさや、照れ臭さやらで、思わず敬称をつけてお願いする。


「任せといて!」と、クラリィは自信満々に応じた。


 そんな彼女は、まだ年端もいかない女の子に見えるが、史上最年少姫騎士という頼もしさがある。

 現に、一度サイレントウルフに襲われたときも、彼女はコルネットさんと共闘して八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍だった。


「こっちだよ! 早く入りな!」


 ご婦人にそう言われ、僕たちは村の中でも一番大きな家に招かれた。


「お邪魔します……」


 家の中には誰もいなかったが、一見する限り生活感のある一般的な内装だった。


「こっちこっち」


 ご婦人は、そういって椅子の下に敷かれていた絨毯を(めく)る。


 すると、そこには――


「隠し扉!」

「ああ、そうさ。悪いことは言わないから。男の子は、今夜一日だけ地下室に隠れてな」


 床に隠されていた重厚な金属製の扉。

 そこについている南京錠を外し、ご婦人が力一杯に開け放った。


 深くまで続いていそうな階段。

 先がどうなっているのか判然としない暗さ。


「この地下室はね。木の根みたいに村の各家庭の地下と繋がっていて、うちの旦那や村の男たちが隠れているんだよ。中で事情を話して、よくしてもらいな」

「えっ、いや……。でも……。」


 なんとなく……。いや、見るからに怪しい。


「ボクが先に行くよ」と、クラリィが扉に近づく。


「いや、お嬢ちゃんは止めときな! この中は女人禁制……というわけではないんだけど……。むさくるしい男だらけで死んじまうよ?」

「げっ!」


 地下室に(ひし)めき合っている村の男たち想像したのか、人間嫌いのクラリィは露骨に恐怖を顔に出した。


 しかし、「げっ!」は、中で身を隠しているらしい男の人たちに、ちょっと失礼かも。


 そこに、悪魔的な閃き。

 男たちの隠れ家に、悪魔の縫いぐるみを道連れにしてやろうと思い。


「ヘルサでも連れて行こうかな。今、何してる?」と、僕は飼い主のヴィオラに尋ねた。


「ヘルサねぇ。今、箱の中で寝ちゃってるみたい。蓋は外から開かないし、呼んでも出てこないの」


 そう言って頬を膨らます彼女は、可愛がっているペットがケージから出てこないのに不服な様子。


 ヴィオラの隣で、不安そうな表情のコルネットさん。

 背中に生えた純白の羽も、少ししょげているように見える。


 単騎で行くしかないか……。


 僕が、彼女たち一人一人の顔を見て、単独で秘密の園(♂)に突入する決意を固めた瞬間。


「みんな気を付けて! 桃目が出たわよーー!」という女性の叫び声が家の外から聞こえてきた。


「あんた! 早く早く!」

「わわわわっ!」


 力強いご婦人の腕に押し出されるように、地下へと繋がる階段へ。


 みんなにさよならの挨拶すらできぬまま、地上と地下の境目が閉じられた。


 ガーンという金属的な響きが鼓膜を揺らす中、視界が暗闇に覆われる。


 僕は一歩一歩確かめるようにして、階段を下っていった。


 どうしてこうなった……と呟きながら。

いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。

応援感謝致します。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


次話、『第67話 秘密の園(♂)』は、明日の朝、午前中の投稿となります。

お楽しみ頂けたら幸いに存じます。

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