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第63話 プリーズ ノック オン ザ ドア

 

 頬に温もりを感じて、僕は目を覚ました。


「スローくんっ!」


 涙目のコルネットさんが、僕の頬に手を添えていた。


 ヘルサに頬をシバかれて起こされた昨日の夜と比べれば、寝覚めは段違いに良かった。


「コルネットさん、おはようございます……っていうか、あれ? 僕、いつの間に寝ちゃってたんだろ……」


 確か……。

 コルネットさん救出作戦を完遂した後、クリフサイドまで帰ってきて……。

 それで……どうなったんだ?


「スローくん。クリフサイドに着いた途端、気絶しちゃったんですよ」

「えっ? 気絶!? 全く覚えてないや」


 スキルを使いすぎたんだろうか……。

 いや、洞窟では3回しかスキルを使ってないぞ……。

 一日を通しても、ヘルサの箱を含めて4回だけ。


 それじゃあ、体力的なことか?

 夜にハイキングとか慣れないことをしたから?


 大貧弱。

 いくらなんでも貧弱すぎるだろ、僕。


 自分に呆れながら、ベッドの上で上半身だけを起こすと。

 見覚えのある部屋に、僕とコルネットさんの二人っきり。


 そよ風に揺れる白いカーテン。

 その隙間から入り込む淡い光が、もう朝であることを告げていた。


「ずっと看ててくれてたんですね。ありがとうございます」


 申し訳なさを抱えながら、僕がそう言った瞬間――


 ベッド際にいたコルネットさんが、ガバッと飛びついてきた。


 僕の首筋をくすぐる藍色の細い髪の毛。

 ふわりと漂う彼女の香り。


「私の方こそ、助けに来てくれて本当にありがとうございました……」

「ど、ど、ど、どういたしまして!」


 突然のことでパニック状態の僕の肌に、コルネットさんの体温と柔らかい感触が伝わってくる。


「コルネットさんが無事で何よりでした! ほんと間に合ってよかったです!」

「……」


 声が裏返り気味の僕を、何も言わずにギュッと抱きしめているコルネットさん。


 今になって、怖かった洞窟での感情が溢れ出してきたのだろうか。


 紳士の心を忘れずに、僕も、細く引き締まったコルネットさんの腰に、そっと腕を回す。


「い、いや。けど、ほとんどヘルサのおかげなんですよ。僕なんてアレです。堕落させることしかできない貧弱な非戦闘員ですから。(ひとえ)に風の前の塵に同じレベルの……」


 コルネットさんは言葉を返さずに、僕に体重を預け続けている。


 昨夜の宴会のとき、ハイになったコルネットさんが、僕をギュッとしてみたい、と言っていたことを思い出す。


「あの……コルネットさん?」


 それと、気のせいかもしれないけど……。


 段々、僕の負担する荷重が大きくなっていっている気がする……。


「ちょっ! コルネットさん?」


 ついには、非実戦的な付き方をしている僕のシックスパックでは支えきれなくなって、ハグをしたままベッドに押し倒されてしまった。


 ふかふかの枕に後頭部を保護されながら、彼女の様子を窺うと。


「コルネットさ……、寝てる……」


 夜が明けるまで、ずっと僕の介抱をしてくれていたからか。

 コルネットさんは、僕を抱き枕にしたまま眠ってしまっていた。


 スースーと、静かで温かい寝息。顔が近い。


「いやいや、こんなところ誰かに見られたら……」


 と、僕が焦り始めたときだった。


「いやぁ、朝ごはんも美味しかったねぇ。ボク、デスキクラゲ結構好きかも」


 たった今朝食を済ましてきたところらしいクラリィが、部屋に入ってきた。


 もちろん扉をノックすることなく。


「あっ! スロー、目が覚めたんだね! おは……」


 そこまで口に出して、僕と視線が合ったまま、扉の前で固まるクラリィ。


 違うんだ!


 キミが、ヴィオラお姉さんから、“ノックをしない”という悪習を学び取ってしまったから、こんなことになるんだ!


「あーーっ! スローが、なんか羨ましいことしてる!」


 石化したかのように、もう動かなくなってしまったクラリィの後ろから。


 社会通念上必要と解されている慣習ノックを破り続けて(はばか)らないヴィオラお姉さん降臨。


 そして、そんな破壊神ヴィオラに、ガシッと頭をわしづかみにされているヘルサ。


「誤解……。これは誤解だから……」


 と、僕は、眠っているコルネットさんを起こさないようにヒソヒソ声で、彼女たちに弁明する。


 しかし、僕とコルネットさんは、相変わらず抱き合ったまま、ベッドに横たわった状態である。


 こんなもの、誰が見ても弁解の余地が無い。


 直ちに現行犯逮捕。速やかに有罪判決。遅滞なく収監されるべきである。


 今このときを(もっ)て全てを諦めた僕の視線と、(さげす)むような目をしたクラリィの視線が、再びぶつかった。


 コルネットさんを起こさないようにか、それとも呆れて物も言えないのか。

 彼女は声を出さずに、口パクで三文字の言葉を伝えてきた。


 うん、大丈夫。ちゃんと分かってるよ。


 これは卑猥(ひわい)なんだね。


 すると、ヘルサが、卑猥(ひわい)警察クラリィを代弁するかのように。


「ヒワイギギ!」と、追い打ちをかけてきた。


 これは事故なのに……。


 と、僕が原則として却下されるであろう異議を申し立てたくなった、そのとき――


 コンコンコンッと、扉をノックする音。

 それから少し遅れて、「すいません。少しだけお時間よろしいでしょうか」という声。


 これは恐らく、宴会のときに挨拶をしてくれた村長らしき老人の声だ。


 少しもお時間よろしくない雰囲気の中でも、ノックのありがたみは感じる。


 僕は、そっとコルネットさんを隣に寝かせ、これ以上の誤解を与えないようにした後。


「どーぞー!」と、一言。


 白髪の老人がヨロヨロと部屋に入ってきて、開口一番。


「天使さま。この度は、誠に申し訳ありませんでした」と、深々と頭を下げた。


 “その天使さまなら今、僕の隣で寝てるよ。”


 そんなチャラさ極まるセリフも、今なら言えてしまいそうな状況の中。


 僕は、「あぁ……。ヘルサの顔、めっちゃヴィオラに揉みしだかれてる……」などと余所見をしながら。


 隣でスゥスゥと熟睡している天使さまの代わりに、村長の謝罪を真摯(しんし)に受け止めるのだった。

いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。

応援感謝致します。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


次話、『第64話 その村長、強かにつき』は、明日の朝、午前中の投稿となります。

お楽しみ頂けたら幸いに存じます。

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