第60話 まどろみのイチダイジ
何故だか分からないけど、僕は今、頬をビシバシと叩かれている。
ハッと、僕が目を覚ますと、そこは部屋の床だった。
「ん……? 寝ちゃってたのか?」
起き上がると、頬の痛みと少しの頭痛、そして立ち眩みがあった。
ここは、クリフサイドの宿だな……。
四人部屋のベッドの一つに、クラリィが熟睡しているのが見える。
確か、あの宴の後すぐ、クラリィが寝てしまったので。
僕は、ヴィオラとコルネットさんを広間に残したまま。
クラリィをおんぶして、一度部屋まで帰ってきていたはず……。
「ギギッ! やっと起きたな、オトコ! イチダイジだっていうのに!」
視線を床に落とすと、僕の足下で。
悪魔の縫いぐるみが、ギーギーと鳴きながら、忙しなく動き回っていた。
「あれ? ヘルサじゃん! 勝手に出てきちゃったの? っていうか、僕を起こしてくれたのって、もしかしてヘルサ?」
「そんなユーチョーな話をしてる場合じゃないギギ! オンナが、オンナが、攫われたんだ! オレはこの目で見た!」
「えっ? オンナって誰? ヴィオラ? それともコルネットさん?」
「天使族のほう!」
いやいや、まさか。
姫騎士団長のコルネットさんに限って、そんな馬鹿な……。
とも思ったが、ハイナール100の効果は、さっきまで彼女たちの介抱をしていた僕が一番よく知っていたから。
一応、部屋の鍵をしっかりとしめたのを確認して、急いで広間に向かうことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
先程まで飲めや歌えやの大騒ぎだった広間は、異常なまでに静まり返っていた。
「どうなってるの、これ……」
僕は開いた口が塞がらなかった。
そこには、僕たちを歓迎してくれていた村の重役たちが、全員床に倒れてしまっていた。
「ヴィオラ! コルネットさん!」
正気を取り戻した僕は、仲間の安否を知ろうと、その場で短く叫ぶ。
自分がどれだけ眠っていたのかは分からないが。
体感ではついさっきまで座っていたはずのテーブルの前まで来てみると。
ヘルサの言っていた通り、コルネットさんの姿が見えず、ヴィオラだけが突っ伏してスゥスゥと寝息を立てていた。
「ヴィオラ! 起きて!」
「ダメなんだ。強い眠りの魔法が村全体にかけられてるギギ!」
「魔法? 僕みたいに起こせたりしないの?」
「オトコを起こすのに、魔力を使いすぎたギギッ……」
あまり記憶がないけど、あの頬へのビンタには魔力が込められていたのか。
痛みを思い出し、頬をさすりながら広間を隈なく見渡してみると。
コルネットさんともう一人、浅黒く日焼けした行商人風の男の姿が見えなくなっているのに気が付いた。
「行商人モドキがいなくなってる!」
「ギョーショーニン? オレが見たのは、そいつかもしれない! ちょっと調べてみるギギ!」
「でもどうやって……」
「何か、そいつのニオイが残ってないか?」
「そういえばその人、このビンで僕たちに御酌してくれたんだ。あと、ずっとこっちのテーブルにいたよ」
僕は、自分のテーブルの上から、ハイナール100のビンを持ってきて。
続けて、さっき男が食事をしていた席をヘルサに示した。
「オレに任せるギギ!」
そう言って、ビンのラベル辺りや男の座っていたテーブル付近を、フガフガと嗅ぎ出す悪魔の縫いぐるみヘルサ。
頼もしいことこの上ない。
ただ一つ不安があるとすれば。
ヘルサの顔には、鼻のパーツがついていないことである。
「やっぱりそうだ! こいつが寝ていたオンナを連れて行ったヤツだ! オトコ、こっちへついてくるギギ! 追うギギ!」
……。
行商人の匂いじゃなくて、コルネットさんの匂いを辿った方が確実じゃない?
僕は聞きたいことが色々あったけど、少しでも早くコルネットさんを助けるために、黙ってヘルサに従うことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
行商人風の男の匂いを辿って到着したのは、村からさほど離れていない岩壁の洞窟。
その入り口には、頭にお揃いのバンダナを巻いた男が二人。恐らく見張り番だろう。
「なんだろ、あいつら……。山賊かな」
「ギギギッ……。 ニオイはあの奥に続いているギギ……」
ヒソヒソと話し合う僕とヘルサ。
夜の山道を歩いてきたが、まだ息は切れていない。
ハイキングは嫌いではないけど。
僕のようなインドア気質の人間は、開かれた山の隅っこで、ささやかな自然を感じられるだけで充分満足だというのに。
そのとき、山賊の一人が大きな欠伸をし、それを見ていたもう一人の山賊の方にもそれが伝染した。
「見張りのヤツたち、なんだか眠そうギギ」
「オッケー。今度は僕に任せて」
僕は、大きく深呼吸をした後。
右手を男たち二人に向け、囁き声で「堕落……!」と、スキルを放った。
すると――
「ふぁあ~。見張り番も楽じゃねぇよなぁ~」
「確かに。俺なんかもう、眠たくて眠たくて仕方ねぇよ」
「少しくらい寝てもいいんじゃねぇか? 誰も来ねぇだろ、こんな山奥」
「ちげぇねぇ」
「じゃあ俺はちょっぴり仮眠をとるからよぉ。五分経ったら起こしてくれや」
「いいけどよぉ。俺も今から五分だけ寝るつもりだから、お互い五分経ったら同時に起こし合うことにしようぜ」
「そうだな。それがフェアだな」
「あぁ。それじゃあ頼むぜ、五分後」
「おう。おやすみ」
そう言って地面に横たわり、大きな鼾をかき始める二人の男。
……同時に起こし合うってどういうこと?
「スゴイッ! オトコ、やるじゃん!」
「でしょ?」
僕は、幸せそうな寝顔をしている男からバンダナを奪っ……お借りして。
わずかながら山賊に変装し、洞窟内部に侵入することに成功した。
緊張に身を強張らせ、松明が灯る薄暗い通路に、他の山賊の気配がないか細心の注意を払う。
閉鎖された空間で火を焚くという恐怖。一酸化炭素中毒の前兆にも注意。
ふと足下を見ると、先導してくれているヘルサの頭にも、いつの間にかバンダナが巻かれていることに気が付いた。
いくつかの分岐を越え、奥へ進むと。
細い通路の先から、無数の人の気配と、聞き覚えのある男の声が響いてきた。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
応援感謝致します。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
明日は二回更新しようと思っています。
なので次話、『第61話 「悲しくない」が迎える結末』は、明日の朝、午前中の投稿となります。
お楽しみ頂けたら幸いに存じます。




