第59話 ハイナール・ハラスメント
広間には、すでに数名の村人たちが待機していた。
この村の重役なのか、一人の白髪の老人がコルネットさんの元にヨロヨロと近づき。
「ようこそクリフサイドにおいで下さいました天使様。今宵は、ごゆるりとお過ごし下さい」
コルネットさんは、低頭するでもなく、偉ぶるでもなく。
慈愛に満ちた天使スマイルを浮かべて、村長らしき老人の歓迎の言葉に、一つ一つゆっくりと頷いていた。
だが僕は知っている。
彼女は今、恐縮のあまり頭が真っ白のはずだ。
僕は、コルネットさんに助け舟を出すため、挨拶が一段落ついたところで。
「ささ、コルネットさん。こちらへ」
と、まるで従者のように席まで案内し、緊張でカチカチの彼女のために椅子を引いてあげた。
こうして僕たち全員が着席すると。
目の前の四人掛けテーブルには、海の幸や山の幸だけでなく。
僕の異世界知識の範疇を超えた、どこかしらの幸が並べられているのが分かった。
「わぁ~! 豪華だねぇ!」と、僕の隣に座っているヴィオラが、上機嫌で僕に向かって言った。
ほんとに豪華、と思わず僕は感嘆の声を漏らす。
そして、僕は、見たこともない謎の料理を指差しながら。
「ねぇ、ヴィオラ。この料理って、海の幸? それとも山の幸?」と、尋ねてみた。
すると、ヴィオラが、そのお皿をジッと眺めて――
「ん~? きっと、これはねぇ……」
「これは……?」
「ダンジョンの幸!」
ダンジョンの幸!?
「まさかこれ、モンスターって事!?」
僕が焦って質問を続けると。
「ふふふ、冗談!」
と、どうやらヴィオラに揶揄われただけのようだった。
「いや、強ち間違いじゃないですよ?」
僕が振り返ると、よく日焼けした行商人風の中年男性が立っていた。
……誰?
「その料理には、確かデスキクラゲが使われているはずですよ~!」
「えっ! やっぱりモンスターなんだ……」
名前にモドキがつかないデス系のモンスター……。
本当に食べても大丈夫なんだろうか?
「ふうん。デスキクラゲモドキじゃないんだ」
と、僕の正面に座っているクラリィが呟いた。
彼女は、僕と全く同じ感想をもったらしい。
「やだなぁ、お嬢ちゃん! デスキクラゲモドキは食べられたモノじゃないんですよ~!」
「へぇ~。そうなんだ」
あまり興味がなさそうに、行商人モドキに返答をする人見知りのクラリィ。
男の振舞いから察するに。
クラリィも天使族だということが、まだバレていないらしい。
っていうか、この人……。
……誰?
「そうそう! 私、しがない行商人なんですが、たまたま占い師に会うため、この村に来ていまして。そしたら天使さまが丁度いらっしゃってるって聞いたもんですから。いてもたってもいられず、少し御酌だけでも、と!」
「いや、僕たち未成年なんで……」
「いやはや、拝見したときからそうじゃないかと思いまして、お酒ではなく、このハイナールの実100%ジュースを持って参りました」
日焼けした黒い肌と笑ったときに見える白い歯のコントラストが印象的な男。
彼の手には、ハイナール100と記された有色ビンが握られている。
「どうぞどうぞ!」と、調子よく、黄金色の微発泡している液体を、コルネットさんのグラスに注ぎ込む男。
この世界のお酒が飲める年齢は知らないが。
ハイナールの実という、製薬会社の出す薬名のような怪しい果物のジュース。
本当に飲んでも大丈夫なんだろうか。
食べても大丈夫な物、飲んでも大丈夫な物。
その判断が非常に難しい、異世界の宴会である。
行商人風の男は、終始にこやかな顔で白い歯を窺わせながら。
僕たち四人順番に御酌をすると、満足そうに自分の席へと去っていった。
僕が、この液体が本当に合法なのか訝しんでいると。
同じく、黄金色に輝くグラスをまじまじと睨んでいたヴィオラが、グビッと大きな一口。
「ぷはぁ! これ、結構おいしいかも!」
「ハイナールの実って、大丈夫なやつなの? 合法?」
「おお~! なんだかフワフワしてきた!」
「いや、ヤバいわ、それ! 即効性ありすぎだから!」
絶対に違法ないし脱法であるという確信を持ったぞ、僕は。
「ほんとだぁ! フワフワする~! ねぇ、スローも飲んでみなよ!」と、すでに手遅れのクラリィ。
「う~ん。ちょっと止めとくよ……」と、僕はその誘いを断った。
僕は先輩からのハイナールの強要にも、毅然とした対応ができる男である。
ハイナール・ハラスメント。略してハイハラ。ダメ、ゼッタイ。
「二人ともほんとに大丈夫? 気分が悪くなったら早めに言ってね?」
「は~い!」
「は~い!」
それから盛大に宴が始まり。
村人の挨拶や、次々に運ばれてくる熱々の地元の特産料理を、丁寧に捌いてゆく僕たち四人。
デザートが姿を現したときには、僕はハイナール100のことなんてすっかり忘れてしまっていた。
全てを平らげ、僕が満腹の余韻を楽しんでいると。
対面の席に座っていたクラリィが、僕の隣までトコトコと歩いてきた。
「ねぇスロー! ねぇスロー! ちょっと椅子引いてみて!」
「何? どうしたの、クラリィ」
言われた通りに、僕が自分の椅子を引くと――
「あのね、あのね! ボクね! ギュッとするとね! いい匂いがするんだって! この前、ヴィオラが言ってた!」
そう言って、クラリィが僕の膝の上に飛び乗ってきた。
ちょっとクラリィさん。
あなた、“最高にハイってやつだ”状態になっていませんか?
「ねぇ早くぅ! スロー、早くぅ!」と、僕に確定的卑猥案件を所望してくるクラリィ。
それに対し、「えぇ……」と、戸惑いを隠せない僕。
いつもの卑猥警察クラリィはどうしたの? 今は非番なの?
ヴィオラに助けを求めようと、隣に顔を向けると――
「おかわりぃ~!」と、彼女は嬉しそうにハイナール100を手酌している最中だった。
彼女は今忙しそうだから、と今度は斜向かいにいるコルネットさんに視線を向けると――
「よかったですねぇ、クラリィちゃん」と、温かい目で母性溢れるコメントをくれた。
うん。分かったよ……。
「……ギュッってすればいいのね?」
僕は、卑猥のレッテルを貼られる覚悟をして、クラリィの前に手を回し。
言われた通りに、彼女をギュッとしてみた。
ハイになって体温が上がっているクラリィ。
その熱が、じんわりと僕のお腹や胸に伝わってくる。
「どぉ? ボク、いい匂いする?」
「言われてみれば確かに……」
お日様の香り? あと、ほのかに甘い香りがするような……。
「むふふ~。でしょう?」と、得意気なクラリィ。
「あっ! スロー、いいなぁ! 私もクラリィをギュッってしたい!」
僕たちの様子に気付いたヴィオラは、そう言うと、僕の腕をグワングワンと揺さぶり始めた。
その表情は、微醺に染まって……いや、もはや泥酔者のそれだった。
高度の酩酊者は、病人と同義である。
僕は、もう保護者などではなく。
ほとんど介護人の気持ちで、彼女たちを落ち着かせることにした。
「あらあら、まぁまぁ。大変」
「ほら見て、みんな! コルネットさんも困ってるよ! だから少し落ち着いて!」
「ふふふっ、私はね。スローくんをギュッとしてみたいです」
「えっ?」
不穏なセリフに、コルネットさんの様子を窺うと。
目のトロンとした彼女の前には、ハイナール100の水滴の残った空のグラスが……。
誰か、お冷を三杯持ってきて! 今すぐだ!
呑まなきゃやってられないことも、呑まずにやってやらなければならない!
そんな新たなる覚悟と共に、この身を投げ出して顧みない、夜宴のお開き前であった。
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次話、『第60話 まどろみのイチダイジ』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
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