第58話 山間の村クリフサイド
山肌を切り開いて造成された土地。
その上に、小さな村クリフサイドはあった。
村の端は断崖になっており、これが村の名前の由来らしい。
遥か遠くまで見渡せるそこからの眺望は美しく。
沈んでいく夕陽も加わって、まさに壮観だった。
「ほんとに絶景だったねぇ~」
到着時に見えた夕焼けを思い出してか。
窓際の椅子に座っているヴィオラが、やや色めき立っている。
僕たちは今、クリフサイド唯一の宿の一室――ファミリー用の四人部屋で。
夕食の準備が整うまでの間、旅の疲れを癒そうと、のんびり寛いでいるところだった。
「すごかったぁ! 真っ赤だったね!」
ベッドの上にうつ伏せになっているクラリィも、足をパタパタさせ興奮している様子。
黒いローブで完全に覆い隠された天使の羽を、その内側でモゾモゾさせているのが分かる。
「スローくんも見ました? あの夕焼け。綺麗でしたね」
「はい! 感動しました……ん?」
「あっ! すいません! また羽が当たっちゃいました!」
フカフカのソファーに隣り合って座っている僕とコルネットさん。
いつも通り二人の距離は近く。
先程、竜車でも同じことがあったように、彼女の羽がまた僕の肩に触れていた。
コルネットさんの白くて立派な羽は、まだ発育途中のクラリィの羽とは違って、ローブやストールでは隠しきれない。
ついさっきも、村の住民たちにコルネットさんの天使の羽が見られてしまい。
「ててて、天使さま御一行が来られたぞ! 急いで村長に知らせろ!」と、大騒ぎになってしまった。
その結果、わざわざ僕たちのために、村をあげて饗宴を催してくれるなんてことに……。
歓待に与るのはありがたい話ではあるけれど。
毎度毎度、行く先々でお世話になるようでは、地上の旅が、逆に窮屈なものに感じられてしまうかも。
そんな中――
「あぁ、二度も同じ失態を繰り返してしまうなんて……。もうこんな羽なんて、もいでしまえばいいんです……」
「ちょ、ちょっと待って! 僕は全然大丈夫ですから! コルネットさん、早まらないで!」
自分の羽に手をかけ力任せにもごうとするコルネットさんを、全力で止める僕。
お、落ち着いて!
ただ羽が当たっただけだから!
情緒、安定させて!
「いいなぁ~。私にも羽があったらいいのになぁ~」
と、僕たちを見ていたヴィオラが、持ち前の欲しがりさんモードに突入。
ヴィオラも落ち着いて!
それ今、話がややこしくなるから!
……っていうか、今。ヴィオラわがまま禁止中じゃなかった?
「ボクもゆくゆくは、コルネットさんみたいな立派な羽になりたい」
と、目を輝かせているボクっ娘クラリィ。
あの、クラリィさん?
眼差しがキラキラになっているところ非常に恐縮なのですが。
少しの間だけ、羽の話題は出さないで下さいませんか?
いや、それにしてもコルネットさん! 力が強いっ!
すると、涙目のコルネットさんが、「本当?」と言って、手の力を緩めた。
ヴィオラ。クラリィ。そして僕の心の叫び。
そのどれが響いて、コルネットさんから「本当?」という発言が引き出されたかは分からないけれど。
ひとまずコルネットさんの羽というアイデンティティーの一つが守られたことは、喜ばしきことだと思う。
のどかな村のファミリー用の大部屋で。
“身体の一部をもぐ”なんてスプラッター映画の一幕のような悲劇。
そんなことは、決してあってはならないことだからね。ほんとに。
「コルネットさん。もっと楽に考えましょう!」
「楽に……ですか?」
「はいっ! こんなにすべすべでふわふわな羽を捨てちゃうなんて、もったいないですよ!」
僕は、そう言って、自暴自棄になっていたコルネットさんを制止して疲労困憊の手を、彼女の白い羽に癒してもらうことに。
「あっ……」
コルネットさんが、僕に優しく触れられた一瞬、ビクッとして頬をうっすらと赤く染めた。
そして、一言。
「恥ずかしいです……」
えっ? なんで?
天界のルールでは、天使の羽を触るっていうの御法度なの? 禁断?
「こっ、これは卑猥なのでしょうか……?」
僕は、サワサワと上質な手触りを楽しむ手を止めず。
恐る恐る天界の先輩方に、現在の状況を問うてみる。
すると――
「ひわいっ!」と、クラリィ先輩が、引きつった表情で、力強く断言した。
「う~ん、卑猥だねぇ!」と、ヴィオラ先輩が、胸の前で腕を組み、面白がるように言った。
卑猥でした。すいませんでした。
僕は、急いで手を放す。
「すいません……。知らなかったんです……」
「御夕飯の支度が整いましたので、広間の方へいらっしゃって下さい」
そんな僕の情けない謝罪は、宿の主人の言葉によって掻き消された。
「わぁ! ごはんだぁ! 行こう行こう!」と、やはり切り替えの早いヴィオラ。
彼女は、全てのスイッチを食欲の方に切り替えて、椅子から勢いよく立ち上がった。
「あー! 待って、ヴィオラ!」と、クラリィがそれに続く。
「……スローくん、私たちも行きましょう?」
僕の無作法を許してくれたのか、コルネットさんが僕にそっと手を差し出したので。
その手を取り、ソファーから立ち上がると。
安堵からか、力が抜けたように、僕の腹の虫がクキュゥと鳴いた。
僕も宴会のテンションに、早くスイッチを切り替えられたらいいけど……。
そんなクリフサイドの夕食前だった。
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次話、『第59話 ハイナール・ハラスメント』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
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