表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/193

第58話 山間の村クリフサイド

 

 山肌を切り開いて造成された土地。

 その上に、小さな村クリフサイドはあった。


 村の端は断崖になっており、これが村の名前の由来らしい。


 遥か遠くまで見渡せるそこからの眺望は美しく。

 沈んでいく夕陽も加わって、まさに壮観だった。


「ほんとに絶景だったねぇ~」


 到着時に見えた夕焼けを思い出してか。

 窓際の椅子に座っているヴィオラが、やや色めき立っている。


 僕たちは今、クリフサイド唯一の宿の一室――ファミリー用の四人部屋で。

 夕食の準備が整うまでの間、旅の疲れを癒そうと、のんびり(くつろ)いでいるところだった。


「すごかったぁ! 真っ赤だったね!」


 ベッドの上にうつ伏せになっているクラリィも、足をパタパタさせ興奮している様子。

 黒いローブで完全に覆い隠された天使の羽を、その内側でモゾモゾさせているのが分かる。


「スローくんも見ました? あの夕焼け。綺麗でしたね」

「はい! 感動しました……ん?」

「あっ! すいません! また羽が当たっちゃいました!」


 フカフカのソファーに隣り合って座っている僕とコルネットさん。


 いつも通り二人の距離は近く。

 先程、竜車でも同じことがあったように、彼女の羽がまた僕の肩に触れていた。


 コルネットさんの白くて立派な羽は、まだ発育途中のクラリィの羽とは違って、ローブやストールでは隠しきれない。


 ついさっきも、村の住民たちにコルネットさんの天使の羽が見られてしまい。


「ててて、天使さま御一行が来られたぞ! 急いで村長に知らせろ!」と、大騒ぎになってしまった。


 その結果、わざわざ僕たちのために、村をあげて饗宴(きょうえん)を催してくれるなんてことに……。


 歓待に(あずか)るのはありがたい話ではあるけれど。

 毎度毎度、行く先々でお世話になるようでは、地上の旅が、逆に窮屈なものに感じられてしまうかも。


 そんな中――


「あぁ、二度も同じ失態を繰り返してしまうなんて……。もうこんな羽なんて、もいでしまえばいいんです……」

「ちょ、ちょっと待って! 僕は全然大丈夫ですから! コルネットさん、早まらないで!」


 自分の羽に手をかけ力任せにもごうとするコルネットさんを、全力で止める僕。


 お、落ち着いて!

 ただ羽が当たっただけだから!

 情緒、安定させて!


「いいなぁ~。私にも羽があったらいいのになぁ~」


 と、僕たちを見ていたヴィオラが、持ち前の欲しがりさんモードに突入。


 ヴィオラも落ち着いて!

 それ今、話がややこしくなるから!

 ……っていうか、今。ヴィオラわがまま禁止中じゃなかった?


「ボクもゆくゆくは、コルネットさんみたいな立派な羽になりたい」


 と、目を輝かせているボクっ()クラリィ。


 あの、クラリィさん?

 眼差しがキラキラになっているところ非常に恐縮なのですが。

 少しの間だけ、羽の話題は出さないで下さいませんか?


 いや、それにしてもコルネットさん! 力が強いっ!


 すると、涙目のコルネットさんが、「本当?」と言って、手の力を緩めた。


 ヴィオラ。クラリィ。そして僕の心の叫び。

 そのどれが響いて、コルネットさんから「本当?」という発言が引き出されたかは分からないけれど。


 ひとまずコルネットさんの羽というアイデンティティーの一つが守られたことは、喜ばしきことだと思う。


 のどかな村のファミリー用の大部屋で。

 “身体の一部をもぐ”なんてスプラッター映画の一幕のような悲劇。

 そんなことは、決してあってはならないことだからね。ほんとに。


「コルネットさん。もっと楽に考えましょう!」

「楽に……ですか?」

「はいっ! こんなにすべすべでふわふわな羽を捨てちゃうなんて、もったいないですよ!」


 僕は、そう言って、自暴自棄になっていたコルネットさんを制止して疲労困憊(こんぱい)の手を、彼女の白い羽に癒してもらうことに。


「あっ……」


 コルネットさんが、僕に優しく触れられた一瞬、ビクッとして頬をうっすらと赤く染めた。


 そして、一言。


「恥ずかしいです……」


 えっ? なんで?

 天界のルールでは、天使の羽を触るっていうの御法度(ごはっと)なの? 禁断?


「こっ、これは卑猥(ひわい)なのでしょうか……?」


 僕は、サワサワと上質な手触りを楽しむ手を止めず。

 恐る恐る天界の先輩方に、現在の状況を問うてみる。


 すると――


「ひわいっ!」と、クラリィ先輩が、引きつった表情で、力強く断言した。


「う~ん、卑猥(ひわい)だねぇ!」と、ヴィオラ先輩が、胸の前で腕を組み、面白がるように言った。


 卑猥(ひわい)でした。すいませんでした。


 僕は、急いで手を放す。


「すいません……。知らなかったんです……」

「御夕飯の支度が整いましたので、広間の方へいらっしゃって下さい」


 そんな僕の情けない謝罪は、宿の主人の言葉によって()き消された。


「わぁ! ごはんだぁ! 行こう行こう!」と、やはり切り替えの早いヴィオラ。


 彼女は、全てのスイッチを食欲の方に切り替えて、椅子から勢いよく立ち上がった。


「あー! 待って、ヴィオラ!」と、クラリィがそれに続く。


「……スローくん、私たちも行きましょう?」


 僕の無作法を許してくれたのか、コルネットさんが僕にそっと手を差し出したので。


 その手を取り、ソファーから立ち上がると。


 安堵からか、力が抜けたように、僕の腹の虫がクキュゥと鳴いた。


 僕も宴会のテンションに、早くスイッチを切り替えられたらいいけど……。


 そんなクリフサイドの夕食前だった。

いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。

応援感謝致します。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


次話、『第59話 ハイナール・ハラスメント』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。

お楽しみ頂けたら幸いに存じます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▲応援いただけますと、大変励みになります!▲
 
▼みなさまのご感想、お待ちしております!▼
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ