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第57話 マンゾクッ!

 

「ギギギーーッ! コロしたコロしたーー!」


 ナイフを片手に、嬉しそうにはしゃいでいる悪魔の縫いぐるみヘルサ。


 それに比べ、お腹をズババーーッとされたはずの僕は、あまりの痛みのなさに、その場できょとんとしていた。


 ……切られていない?


「ヘルサ? 今、僕に何かした?」

「オトコはコロされたんだから、しゃべっちゃダメッ!」

「えっ? あ、はい……」


 縫いぐるみに黙らされる人間。それが僕である。


 ヘルサは、どうやらコロされたらしい僕の膝の上で、ピョコピョコ跳ねて楽しそうにしている。


 よく見てみると、ヘルサの手中にあるナイフ……。よくできた偽物じゃないか。


 ヴィオラは、この一連の凄惨かつ猟奇的な犯罪劇を観て。


「わぁ~。その手でどうやってナイフ持ってるんだろう?」


 と、至って平穏かつ常識的な感想を抱いたらしい、彼女の呟きから察するに。


「ねぇねぇ、オンナ! 悲しい? 目の前でオトコをコロされちゃって、悲しい?」


 すっかりヴィオラの観察対象となってしまったヘルサが、逆に彼女の碧眼を覗き込むようにして問いかけた。


 それは、決して(あお)るような聞き方ではなく。

 まるで何事にも興味津々な子供かの如く、無邪気で純粋なものだった。


「それは悲しいよぉ。だって私、スローには絶対長生きしてもらいたいもん」というヴィオラの返答。


 僕はそれを素直に嬉しく思った。


 ただ、この言い方……。


 僕のことをペットか何かだと思っている節が、うっすらと見え隠れしてはいないだろうか。


 大人しく甘やかされたろかい?


 もう白昼堂々、ナデナデとかされたろかい?


 そして正々堂々、クラリィに卑猥(ひわい)認定されたろかい?


 まぁ、全然、ちっとも、これっぽちも、などと冷たく突っぱねられて。

 目から塩化ナトリウム水溶液を大々的に噴出することになるよりはマシか。

 きっと大粒だぞ、その汁は。


 ヘルサに禁止されたことを遵守し、沈黙を保ち続けながら、僕はそんな妄想の世界へ。


 しかし、禁止するように指示した当の本人ヘルサは、僕のことなんて放置、放置の放置プレイである。


 そんな放置の達人ヘルサは、収納の達人でも一瞥(いちべつ)して(さじ)を投げる程のサイズ感をものともせず、精巧なナイフの玩具を、すっぽりと身体の中に収納してしまった。


 いや、そのナイフの大きさは、物理的に入らないはずだろう?


 インベントリー・ポーチと同じ仕組みか?


 すると、ヘルサが、空いた両手を頬に当てて、「ん~、マンゾクッ!!」と、大袈裟に叫んだ。


「ねぇ、スロー。なんだかヘルサ、満足したみたいだね」

「うん、そうだね。僕ももう、喋っても怒られないようになってる」


 縫いぐるみだから判然としないけど、きっと恍惚(こうこつ)の表情をしているに違いないヘルサ。


 フラフラと、先程まで自分が封印されていた箱まで歩いていき。


「パカッ!」と、またしても擬音を口に出すスタイルで、蓋を開いた。


「あぁ~、もう帰っちゃうのかな?」


 ヴィオラは、旺盛(おうせい)な好奇心を持て余して、ワクワクが止められないでいる。


 ヘルサは、箱の蓋を片手で支えたまま、こちらを振り返り。


「フーイン解いてくれて、ありがとね」と、言いながら、バイバイと手を振った。


 その後、音もなく蓋が閉じられた。


「自分で箱の中に入って行っちゃったね……」


 僕の目の前で繰り広げられる不思議な出来事も、魔法だ何だと、片が付いてしまうTHE異世界。


 すっかり圧倒されてしまった僕が、不気味な箱から視線を外し、ひた走る竜車の進行方向を見ると、ちょうど目的地の村が見えてきた。


 格段にスピードが落ちる。


 緑竜ミドリが自己判断でブレーキをかけたようだ。


「あっ! 見て見て、スロー! 着いたよ!」


 興奮した様子のヴィオラが、御者台(ぎょしゃだい)から身を乗り出す。


 ヴィオラは、興味のスイッチの切り替えの早さがマッハ。


 そんな彼女の薄い金色の髪が、沈む夕陽に照らされてキラキラと輝いた。

いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。

応援感謝致します。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


次話、『第58話 山間の村クリフサイド』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。

お楽しみ頂けたら幸いに存じます。

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