第55話 わがままヴィオラと不気味な箱
道幅が狭まり始め、ゆったりとした歩調の竜車。
標高が高くなってきたのか、少し肌寒く感じられる御者台に二人。
僕は、緑竜ミドリの手綱を。
ヴィオラは、僕の両手首を。
それぞれ慎重に握っていた。
「ヴィオラ……。なんでこの体勢……?」
いわゆる、“どうしてこうなった”状態というやつだ。
「お、お構いなく……」と、ギクリとした表情のヴィオラ。
そっかぁ、じゃあお構いなくてもいいんだぁ。
……とはならない。
なんだか、絶対にお構わなくてはいけない予感がしているし。
これは間違いなく、お構いあるはずである。
「あ、あの……。ヴィオラさん?」
固定された僕の両手首に、じんわりとヴィオラの体温が伝わってくる。
「私ね……。実は今、わがまま禁止中なんだ」
「ん? わがまま禁止?」
「そうなの。ミドリの操縦いいなぁ、やってみたいなぁ、って思ったけど、これはわがままだから、ぐっと堪えて。その代わり、ちょっとだけ竜車を運転している雰囲気を味わおうと思いまして……」
「えっ、なんだ、そうだったの? 全然代わるよ?」
僕がそう言うと、ヴィオラは表情をぱっと明るくして、手綱を大事そうに受け取った。
「でも、なんで急に我慢するようになったの?」
「う~ん。私、地上に来てみて、天界城では凄く甘やかされてた、って分かったんだぁ。だから、いい加減、私もしっかりしなきゃと思って」
そう言って背筋を伸ばしたヴィオラの横顔は、いつもよりも凛々しく見えた。
「スローはさぁ。天界城の生活、好きだった?」
ヴィオラの突然の問いかけに――
「もちろん! 誰よりも天界城での生活が短いはずなのに、誰よりも天界城での生活を恋しがってるからね!」
凄い自信だ、とヴィオラは静かに笑った。
三度の飯より、二度寝、三度寝が好きな僕にとって。
天界城での暮らしは、まさに理想そのもの。
ユートピアと断言しまってもいいくらいだったから。
「ヴィオラは?」
「私はね、天界城の生活も気に入ってたんだけど、地上に行ってみたいなぁ、いろんなところを冒険してみたいなぁって、ずっと思ってたんだ」
「じゃあ、夢が叶ったんだね」
「うん……。こんな形になっちゃったけどね」
復活した災厄『嫉妬』――アルティア。
その双子の姉ソプラティアの生まれ変わりであるヴィオラ。
僕たちは、ヴィオラの身体がこの世界に存在する限り、何度でも復活する『嫉妬』を黄泉へ送るための旅の真っ最中だった。
「スロー、一緒に来てくれてありがとね」と、ヴィオラが申し無さそうな眼差しを向けてきた。
「いえいえ、とんでもない。バス王の頼みっていうのもあるけど、ヴィオラには天界城でお世話になった分をお返ししないと。……あと、何かあったら力になるからって約束してたからね」
覚えててくれたんだ、と嬉しそうに微笑むヴィオラ。
そんな彼女の座席のすぐ近くに、見慣れない箱が置かれているのが視界に入った。
「ねぇ、ヴィオラ。その箱、何?」
「あっ! これ? これはねぇ、綺麗だったから天界城の宝物庫から持ってきたの!」
ただ、そう言ってヴィオラが手に取った箱は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
大きさは、ヴィオラの両掌を並べて少しはみ出る程度。
表面は、光沢のない紫色の革でコーティングしてあるようで。
その隅々には、黒い文字でびっしりと呪文のようなものが刻まれている。
そして一際目に付く、飛沫のように鏤められた赤黒い染み。
いや、このユーズド加工は絶対にヤバいだろ……。
超不気味……。100%デンジャラス……。
ヴィオラの美的感覚って独特……。
「その箱の中身、また国宝レベルのSランク級の道具だったりして」
「どうだろ~。この箱、全然空かないんだぁ。さっき竜車の中で、コルネットさんにもお願いして頑張ってもらったんだけど、ダメだったの……」
コルネットさんのパワーでダメだったのなら、もうお手上げである。
「じゃあ、何か仕掛けとかがあるのかな?」
そう言って、僕はヴィオラから箱を受け取った。
滑らかで、しっとりとした革の質感が、余計に薄気味悪さを感じさせる。
特に仕掛けになりそうなギミックは見当たらず、「ふんっ!」と、ダメ元で力任せに開けようとしてみるも、箱は微動だにしなかった。
「開けてみたいんだけどなぁ~。スローでもダメそう?」
「力では無理かも……。う~ん、スキルも一応かけてみるかぁ。ほいっ、堕落!」
ダメ元ついでに、カジュアルに堕落のスキルを箱にぶつけてみる。
すると、ガチャリという重々しく、かつ爽快感のある開錠音が聞こえた。
「あっ……」
次の瞬間――
「キキキーーッ!!」
小さな悪魔の縫いぐるみが跳び出してきた。
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次話、『第56話 原初の記憶は、縫いぐるみと共に』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。お楽しみ頂けたら幸いに存じます。




