第54話 脇見運転ダメ、ゼッタイ
濃い藍色のストレートヘアが風になびいている。
横顔。透明感のある白い肌には、シミ一つみられない。
僕は今、脇見運転をしている。
「どうかしました? 私の顔に何かついてますか?」
先程、クラリィと御者台の座席を交代したばかりのコルネットさん。
相変わらず、僕と彼女の距離は近い。
……というより、もう膝や肩は、ぴったりとくっついてしまっている。
「ううん、コルネットさん睫毛長いなぁ~って」
「えっ?!」
コルネットさんが、焦った様子で目をゴシゴシこすり出した。
「いやいや、素敵だなぁってことですから! そんなに強く目、掻いちゃダメ!」
「そ、そうなんですか?」
天使と人間では、美醜の価値観が違っているのだろうか。
「すいません……。取り乱してしまいまして……」
いつものコルネットさんとは、少し様子が違う感じがする。
どこか挙措が、ぎこちないような。
「コルネットさん?」
「はいっ?!」
「……き、緊張とかされてます?」
「い、いえ……。その……二人っきりだなぁ、と思いまして」
可愛い。
ヴィオラの王道の美少女的可憐さや、クラリィの幼さの残る無邪気さとは、少し性質の異なるタイプの可愛さ。
普段、清楚で上品な大人の色気を醸し出しているコルネットさんから、こんな年相応の初々しさが見られるなんて。
「目の保養なぁ~……ん? 何だ?」
そのとき、ふわりと僕の背中に何かが触れた。
思わぬ眼福に緩みきっていた表情筋をしゃっきりさせ。
そーっと、恐る恐る背中に手を回す。
すべすべだけど、ふわふわな手触り……。
「す、すいません! 当たっちゃってました!」
振り返ると、コルネットさんの白い羽があった。
「いえいえ、プライベートくらい羽を伸ばして下さい」と、謎の返答をする僕。
天使族は、地上では珍しい種族である。
だからか、地上の者たちには、畏怖の念を持たれているというか、どうやら高尚な存在だと考えられているようで。
天使の羽を見られると、どこか恭しく、かつ余所余所しく振舞われることが多かった。
なので、地上の種族と余計な軋轢を生まないように。
ライムラークで準備した道具――大判のストールで覆ってみたり、バックパックで隠してみたり。
人通りのあるところでは可能な限り白い羽が目立たないように、ささやかな策を弄していたのだった。
「クラリィちゃんは少し窮屈そうにしてましたけど、誘拐とか、何かあってからじゃ遅いですもんね……」
「ええ。ほんとはコルネットさんも、完全に羽を隠せたらいいんですけど……」
大きく、そして美しく育った天使の羽は、どうやっても全体を覆い隠すことはできなかったのだ。
「大丈夫ですよ! トラブルが起こっても私、力持ちですから!」
そう言って、腕の力こぶを見せようとするコルネットさん。
健康的で引き締まった腕。
しかし、その雪のように白く女性的な腕に、暴走するミドリを止めたり、サイレントウルフを吹き飛ばしたりできるパワーがあるようには、どうしても見えなかった。
「僕、コルネットさんにも危ない目にあって欲しくないですもん」
僕が本心からそう言うと、コルネットさんは少しだけ俯いた。
「そんなこと、初めて言われました……」
頬のチークが少し濃くなったように見える。照れているのだろうか。
「実は私……、小さい頃から人一倍力が強くて、無下に扱われることが多かったんです……。コルネットは放っておいても、まぁ大丈夫だろって」
「それは酷いですね。コルネットさんだって、怖いものは怖いでしょう?」
黙って頷くコルネットさん。
「僕なら、コルネットさんを放っておいたりしないけどなぁ」
そう口に出した直後。
今の発言は少し気障だったかもしれない、と僕は急に恥ずかしくなった。
ちょっと自分でも想像以上の気障さだったので。
コルネットさんが胸焼けしてしまっていないか、こっそり様子を窺うと。
「嬉しい……です」
「今でも僕は、犯罪的に見守ってますからね。それはもう危ないくらい」
「ありがとうございます……。けど、こっそり見られるのは、ちょっと恥ずかしいかも……」
「分かりました! それじゃあ、今度からコルネットさんを見守るときは、こっそりとじゃなく、正々堂々と宣言してからにします!」
「正々堂々ですか?」
「僕は今から、コルネットさんを見守ります!」
「えっ? えっ?」
恥ずかしさを誤魔化すために戯ける僕は、大胆不敵にそう宣言してから。
コルネットさんの顔をじっくりと、舐めるように吟味、精査、観察し始める変態の者と化した。
ふむ……。
困惑しているコルネットさんの表情にも、ある種の美しさが内在しているように見える……。
「やっぱり、宣言してもダメです! もっと自然に私を見て下さい! ……じゃない。運転中は、ちゃんと前を見て下さい!」
ぐうの音も出ない正論。
「でも……。だって……」
「スローくん。めっ! ってしますよ?」
コルネットさんの口端から不意に現れた母性の兆し。
「……はい。もう余所見はしません」
僕は、その絶対的な破壊力に、なすすべなく服従するしかなかった。
イエッサーである。
いや、もはやイエスマムと言いたい。マンマミーア。
「約束ですよ?」
「はい。もし約束を破ったら、僕は明日から二度寝を我慢します」
つい弾みでそう言ってしまったものの。
改めて考えると、二度寝という代償はあまりにも重い。
二度寝をすることに人生の七、八割をかけている僕から二度寝を取ったら。
そこに残るのは、骨と皮以外に何もない。
今の発言、誰も聞いていなかった……よね?
「ふふふ、ちゃんと言質を取りましたよ。ねぇ、ミドリ?」
コルネットさんの囁きに呼応するように。
一生懸命に竜車を牽いている緑竜ミドリが、クロロロンと強く嘶いた。
あぁ……。
脇見運転はダメ、ゼッタイ……。
僕は、ミドリの手綱を強く握りながら。
スローくんはいい子ですね、と優しく微笑むコルネットさんの色気の誘惑に負けないよう。
鋼の意志をもって進行方向を見据えるのだった。
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次話、『第55話 わがままヴィオラと不気味な箱』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。お楽しみ頂けたら幸いに存じます。




