第53話 竜車に揺られて、山麓
山道に差し掛かると、竜車のスピードが少しだけ落ちた。
麓の傾斜は、まだゆるやかだが。
山に沿うように伸びた道の左側は、険しい山肌である。
ふと落石が気になり、緑竜ミドリの手綱を握ったまま宙を仰ぐと。
切り立った崖と、美しい群青色の空が見えた。
「どうしたの、スロー。疲れて眠くなってきちゃった?」と、クラリィの心配そうな声。
ここは御者台。
僕の隣に大人しく座っていた彼女が、呆けた顔で空を眺めている僕に向かって言った。
「いやぁ……空が綺麗だなぁって。眠気は、まだ大丈夫だよ」
「そっか、疲れたらボクが交代するからね」
「ありがとう、クラリィ」
そう言って、僕は大きな欠伸を一つ。
やっぱり眠いんじゃないか、と苦笑いをしながら、クラリィは僕から手綱を受け取った。
僕一人の操縦では不安だったのか。
それとも、僕が御者台での孤独に耐えられないと判断されてしまったのか。
竜車の運転方法の周知も含めて、クラリィ、ヴィオラ、コルネットさんの内の誰かが、交代性で僕の隣に座ってくれることになっていた。
「占い師ってどんな人だろうね。『嫉妬』の居場所を突き止めたあと、ボクの運勢も占ってもらいたいなぁ」
僕たち一行は、ピクリンさんとの別れの後。
気分を持ち直して、ライムラークの町で情報を集めることにした。
そこでは、復活した厄災『嫉妬』の情報こそ得られなかったものの。
とある行商人から、「山間の村に全てを見通す占い師がいるらしいから、一度行ってみるといい」という情報を教えてもらったのだった。
「いいね、それ。僕も占ってもらおうかなぁ。……いや、やっぱり、あなたの運勢は最悪ですなんて言われたら悲しすぎるから止めとこうかな……」
「いやいや、占いだよ? そんな深刻に考えなくても……」
「思わず泣きだしてしまうかもしれない、その場で」
「その場で!?」
「あっ。けど、開運の壺とかご利益のある御札でも紹介してもらえばいいか」
「ダメだ、スロー! それ、霊感商法だ!」
そんな冗談を言い合いながら、僕たちは竜車に揺られていく。
ぽかぽかと暖かい陽気に、小気味よい振動。
ますます重くなっていく目蓋。
「スロー……。もう目、ほぼ開いてないじゃん」
「僕は今、気絶しているのかもしれない」
「うん、まだ意識はあるね。……まぁ、ライムラークを出発してから、ずっと頑張ってくれてたもんねぇ」
「スヤァ……」
「まっすぐ座ったまま寝られるなんて器用だなぁ……」
「う~ん、本気で眠くなってきたから、ちょっとだけ横になろうかなぁ。……痛っ! ダメだ、御者台の手すりは固くて枕にならないや……」
「……ん? どうしたの?」
「そこに置いてある魔導書……。ちょうど良さそうな高さしてる……」
「ダ、ダメだからな! これは大事なモノなんだから!」
あれやこれやと自分の頭を預け、のべつ幕なしに枕に仕立て上げようとする僕。
「まったく……。じゃあ、少しの間だけ、ここ使う?」
膝をぴたりと閉じ、スペースを作るクラリィ。
少しだけ頬を赤らめているのが分かる。
二人きりの空間。
膝枕……。
そういえば、前に一度。
コルネットさんの膝枕の誘いを我慢したことがあったっけ。断腸の思いで。
卑猥の呼び名を頂戴しないのならば。
もうこれは、何卒よろしくお願い致します、と言わざるを得ない。
選択肢など無いに等しい。
僕は、もう半分夢の中で、何卒、何卒と復唱しながら、クラリィの膝の上に頭の重心を預けた。
これは本当に現実なのかと疑いたくなるような、筆舌に尽くしがたい至福の時間が流れる。
今自分が置かれている状況が、夢か現実か定かではないのが非常に惜しまれる。
そんな朦朧とした夢心地の僕でも、「スローは、全く……」と言って、優しく僕の髪を撫でてくれているクラリィの手の温もりは、ちゃんと伝わってくる。
そして、心地よさに包まれながら、完全に僕が意識を手放そうとした。
その瞬間――
「クラリィちゃん。そろそろ交代の時間ですよ~」というコルネットさんの柔らかい呼び声。
直ちに目を覚まし、姿勢を正す僕。
僕とクラリィの間に、ちょっぴり気まずい雰囲気が漂う中。
大好きなコルネットさんの声に反応したミドリは、徐々にスピードを落とし。
竜車ごと停められそうな山道の脇で、ピタリと足を止めるのだった。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
次話、『第54話 脇見運転ダメ、ゼッタイ』は、今日の午後、夕方頃の投稿となります。お楽しみ頂けたら幸いに存じます。
ちょうど第二章も折り返し地点に入りました。
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。今後とも何卒宜しくお願い致します。




