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第49話 砦の町ライムラーク

 

 砦の町ライムラーク。


 約百年前、厄災全盛期の頃に建造された巨大な砦。

 砲門がいくつも覗く外壁。

 堅牢な石垣は、今まで相対してきた敵の強大さを物語っているように思える。


 それらに見下ろされるようにできた町。

 厄災の影響が沈静化していくにつれ、砦の重要性も薄まりつつあったが。

 ライムラークは現在、かつての賑わいを取り戻している。


 それは、厄災を打ち倒した英雄たちが暴走し。

 再び地上が、混乱の渦にのみ込まれてしまったことに起因している。


「見て、スロー! 凄い列!」

「なんじゃ、ありゃ?」


 ひえぇ、と目を見張るクラリィ。

 その隣で、彼女と同じ声量で驚く僕。


 ミドリを停竜所に預けて、町に入ると。

 砦に向かって、屈強な戦士や、いかにも聡明そうな魔術師たちが、長い長い列をなしていた。


 まさに長蛇の列。


「あれは、金で雇われた傭兵だったり、ギルドの依頼書を見てやって来た冒険者だろうな」


 それにしても、いっぱいいるなぁ、とピクリンさんが、目を細めて遠くの砦門を見ている。


「何かの討伐隊でしょうか?」と、コルネットさん。


「よっしゃ! 私が話を聞いてくるから、みんなは先に宿を取りに行ってきてくれないか? これだけ人がいたら満室なんてこともありえるからな!」


 ピクリンさんは、そう奮起して、足早に、人だかりができている列の前方へ姿を消してしまった。


「行っちゃった……」と、ヴィオラが呟く。


「ボクたちも宿屋探さなきゃ!」

「これだけ広い町でしたら、宿屋もたくさんあるかもしれませんね」

「ピクリンさん、宿の場所分かるのかねぇ……」


 賑わう町の方へ歩き出す、僕たち一行。


「ヴィオラ? どうしたの?」


 黙って立ち止まり、ピクリンさんの後姿を見続けていたヴィオラ。

 いつもと違った彼女の様子に、僕が声を掛けると――


「ううん、なんでもない! 行こう行こう!」


 一瞬だけ窺えた、彼女の真剣な顔。

 その表情は、いつか天界城に現れた名探偵ヴィオラのそれに似ていた。


 町の中を行き交う人々は、先程、列に並んでいたような鎧姿の戦士もいれば。

 戦いとは直接関係がなさそうな町人や商人。

 もちろん人間族も多く見られるが、その種族は多種多様で、もう完全に異世界の様相を呈している。


 こちらの世界に来てから、天使族と人間族くらいにしか出会ってこなかった僕。

 毛むくじゃらの獣人族の男性と、耳先の尖ったエルフ族の女性が、仲良さそうに歩いている姿に、感動すら覚えてしまう。


 すると、そのとき――


 砦の高い壁を滑るように吹く強い風が、(ざわ)つく人々の隙間を縫っていった。


 これだけ人がいると、はぐれちゃいそうだな。


「ねぇ、クラリィ」

「んん? どうしたの?」


 どこまでも透き通った目で、僕の顔を見上げるクラリィ。


 ふむ……。ここは子供扱いすると、逆効果になりそうか。


 そんなことを考えながら。

 僕は敢えて何も言わずに、右手を差し出した。


 クラリィは、何事かと数秒考えた後。

 黙って僕の手を取り、フフンと満足そうな顔。


 彼女の人間恐怖症も、少しずつ弱まっていくといいなぁ。


 ……まぁ、そういう僕も人間族なんだけど。


 それでも。


 少しでも自分がその足掛かりになれていればいい、と。

 クラリィの小さく温かい手をしっかりと握りながら、そう思った。


 夕焼けに染まる町の大通り沿いには、屋台が出始めている。

 肉の焼ける香ばしい匂いが、その辺りから漂ってくる。


「わぁ、いい匂い! 宿屋に着いてピクリンさんが帰ってきたら、屋台まわろうよ! ね? いいでしょ?」


 興奮した様子でそう言うヴィオラの目は、もうすっかり普段通りの柔和さを取り戻している。


「私は構いませんよ。スローくんは、いかがですか?」

「行きましょう、行きましょう!」


 徐々に空腹を感じ始めていた僕は、コルネットさんの問いかけに、間髪を入れず賛同した。


「あれ、なんでスローが敬語?」と、クラリィが首を傾げている。


 トレマックでの尋常ならざる添い寝の朝から。

 僕とコルネットさんの会話は、互いに敬語で行われていた。


「僕、もうお腹ペコペコですよ」

「フフッ、私もお腹空いちゃいました」


 しかし、こうして他人行儀に話していても。

 心の距離は近づいているように思えてくるのが、不思議なものである。


 しおらしさというか、(つつし)み深さのあるコルネットさん。

 いつも大人びている彼女は、肉体的な露骨さのあるものではなく、精神的な妖艶(ようえん)さを(まと)っているように思えるけれど。

 実際のところは、僕やヴィオラと年齢が変わらない、まだ17かそこらの女の子なのだ。


「あっ! あっちに宿屋を発見!」


 そう言って駆け出すヴィオラ。


 ライムラークの砦の頂上。茜色の光が弱まり始めている。


 新たに灯り出す、町の照明の一つ一つ。


 もうすぐそこまで、夜がやってきていた。


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。応援感謝致します。本当に励みになっております。


次話、『第50話 貴族的倦怠と怒れる腹の虫』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。


お楽しみいただけたら幸いに存じます。

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