第48話 御者台での攻防
御者台からの眺めは最高だった。
澄み渡った青空には、雲一つなく。
遠く険しい山々には、白い雪がかかっている。
穏やかな流れの川からは、苔むし、古い神殿めいた石柱が突き出しており。
平野に不自然に生えた数本の木々が、ザワザワと集団で大移動していたりする。
異世界……。
異世界への転生に失敗したはずだった僕だけど。
天界から地上へ降りてきた途端、急激なファンタジー感が胸に迫ってきた。
まぁ、雲の上の天界城も充分ファンタジーだったけど。
森の中の爆走ほどではない、適度な疾走感。
気持ちのいい風と共に、次々と近景が背後へ流されていく。
竜車というのは、本来なら地竜二匹で牽くものなんだそうだ。
しかし、緑竜ミドリは一匹で充分こなせている。
「そうそう、なかなか上手なもんだ! 見込みがある!」
ミドリの手綱を握る僕の隣で、ピクリンさんが師匠面をしている。
彼女は、一見するとドジっ子だったり、気が弱そうだったり。
困ったことがあると、ふえぇ~などと言い出しそうな見た目をしているのだが。
乗竜階級の騎族という立派な資格をもった、人間族の精鋭部隊の一人なのだ。
「ありがとう。これから僕も乗竜階級の騎族を名乗ろうかなぁ」
「なんだと。それじゃあデスドラゴンの背中にも乗れないとな!」
「えぇ……。またデスついてるやつ……」
基本的に、名前にデスなんて言葉がついているようなモンスターとは、関わり合いにならない方が賢明だ。
絶対に良いことが一つもない。百害あって一利なしに決まっている。
「あと、許可証! アセトニド王国の許可証も必要だなぁ!」
「アケノニモ王国?」
「アセトニド王国だ!」
「アテドニモ?」
「違う。アセトニド」
「アセドニモ」
「惜しい」
アセ……。もう、なんだっていいや。
「許可証ねぇ。……そういえばさぁ。ピクリンさんは、まだその王国を裏切ることに背徳的な快感があるの?」
天界城に捕らえられていた頃のピクリンさん。
彼女は、そのアセスメント王国とやらの情報を天界側に漏らすことによって。
ハァハァと、まるで変態のように興奮していたのだった。
「まぁな! 正直、今も天使たちの旅に同行しているんだから、王国を裏切っているともいえる」
「えっ? じゃあ今も興奮してるの?」
「そうだぞ~? お姉さんが、いろんなこと……教えてあげようかぁ~?」
そう言って、ピクリンさんが前屈みに。
ローブの大きく開いた胸元から、白い雪原に入った巨大なクレバスを見せつけてきた。
僕が、生唾を飲み込むと――
「スロー。今、ひわいなこととかしてないだろうなぁ……」
と、後ろの竜車の窓から、クラリィの声。
ハッと我に返る僕。
「だ、大丈夫! 多分、地上に来てから今が一番健全だよ!」と、慌てて返す。
ハハハ……、と笑って正面を見据え、薄ピンク色の髪の毛を、そっと耳にかけているピクリンさん。
彼女は、天界城の牢屋にいた頃と、少し雰囲気が違っているようにも見える。
まともになった……というか。
それとも、元々変態のふりをしていただけ……というか。
「まぁ、私が今日、スローに騎乗の方法を教えようと思ったのは、気紛れだよ。ほんの気紛れ」
「はぁ、気紛れ……」
「でも興奮は、ちょっとしてるけどな」
「えっ?!」
「ついでに……。お姉さんが、いろんな騎乗の方法を教えてあげようか……?」
悩まし気なピクリンさんの声。
僕の太ももの上に彼女の手がかかる。
グッバイ、僕の貞操……。
すると、僕の左耳スレスレのところを小さな火の球が掠めていった。
「アチッ! アチチッ!」
手で左耳を払いながら後ろを振り返ると、そこには――
「ひわいっ!」
鬼の形相をして、窓から半身を乗り出している僕の監視役クラリィ。
すいません、クラリイさん……。
そんな怒れる彼女の超攻撃的ディフェンスによって。
僕のピュアピュアな純潔は、無事に保たれることとなったのだった。
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次話、『第49話 砦の町ライムラーク』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
お楽しみいただけたら幸いに存じます。




