第47話 チェックアウトは、ゆるゆると
ピクリンさんの思い違いは、最後まで解消されなかった。
つまり、天界における床事情には、深刻な風評被害が与えられたままということである。
きっと彼女の中では、天界の夜=酒池肉林のハーレムだと認識されていることだろう。
……。
まぁ、そんなこともあるよね!
ただ、いくら妖怪『二度寝上手』の二つ名をほしいままにしている僕であっても。
一つのベッドに四人というのは、流石に“荷が重すぎた”。
慣用句的にも、物理的にも。二つの意味で。
なので、名残惜しいけれど、泣く泣くベッドから出て。
みんなと一緒に、宿屋の一階に併設されている食堂で、朝食をいただくことにしたのだった。
天界城の絢爛豪華な御馳走もいいけれど。
地上の馴染みやすい素朴な感じもいい。家庭料理、最高。
そんな感想が浮かんでくる素敵な献立をしみじみと味わい。
そして、現在。
この旅の財布の紐を握っている絶対的権力者ヴィオラが、受付でチェックアウトの手続をしてくれている。
「女将さん、すいません。魔導ペンってお借りできますか?」
「あぁ、あんたも誰かにお手紙かい? これは簡易式の魔導ペンだから、送信することしかできないけど、いいかい?」
「はい! ありがとうございます!」
ヴィオラが、宿の女主人から、魔力核の剥き出しになった銀色のペンを受け取る。
「ねぇ、クラリィ。あの魔導ペンって何?」と、僕はクラリイに尋ねた。
「魔導ペンっていうのは、書いた文字を遠くの受信機に表示させる魔道具だよ。簡易式ってことは、確か送れる文字数が限られてるんだったかな。それでも、手紙数枚くらいなら全然大丈夫だったはず」
「へぇ~。なるほど!」
こちらから一方的に送るだけの、電子メールみたいなものか。
「天界城宛て?」
と、僕は、手紙を内容を覗き込まないようにして、ヴィオラに話しかけた。
すると――
「うん! バス王さ……じゃなくって、お父さんに!」
「逆、逆!」
「バス王さまに!」
「いいね、それ。バス王、めちゃくちゃ喜びそう」
手紙を受信しても喜ぶだろうけど。
今のヴィオラの言い間違えを聞いても大いに喜ぶことだろう。
もう僕の中でバス王は、厳格な王ではなく。
“目に入れても痛くない”くらい、ヴィオラを寵愛する一人のお父さんである。
慣用句的にも、物理的にも。二つの意味で。
「なんて送るの?」
「えっとねぇ。スローのお腹の上は寝心地がよかったです、って」
「ちょっ!」
それは、マズい!
もしそんな手紙をバス王が読んだら、ここら一帯に天界王の怒りが降り注ぐぞ!
「うそうそ。無事に地上に着きました。みんな元気ですって送るつもり!」
「よかった……」
ほんとによかった……。
ヴィオラの冗談で、トレマック周辺の尊い未来が失われずに済んだ……。
ヴィオラ、マジ天界の支配者……。
ヴィオラは、借りた魔導ペンで、バス王……いや、お父さんへの手紙をしたためている。
一生懸命に書いているせいか、ペンが踊るように運ばれていく。
そんなに伝えたいことがあったのか、と少し微笑ましくなってくる。
よし。ホッとしたところで、こっちも情報収集でもするか。
「ねぇ、女将さん。ここらで復活した厄災の話って聞いたことあります?」
「厄災……? いやぁ、そんな物騒な話は耳に入ってこないねぇ」
「そうですか……」
「なにせ、トレマックは辺境の村だからねぇ。ここいらで気を付けなくちゃいけないのは、近くの森の魔獣くらいだから。サイレントウルフとか、デスフクロウモドキとか」
サイレントウルフには、森で大変お世話になりました……。
あまり思い出したくない記憶……。
デスフクロウモドキの方は知らないなぁ。
名前からしてちょっと弱そうだけど。
「そのデスフクロウモドキっていうのは、どんな魔獣なんですか?」
「あぁ、フクロウの鳴き声の悪魔とか言われてるね。声だけは聞こえるけど、滅多に姿を現さなくて、気付いたら……」
「気付いたら?」
「一緒にいた仲間がバラバラにされてるんだそうだよ」
怖いっ!
デスフクロウモドキ、超怖いっ!
「だからフクロウの鳴き声が聞こえたら、早く森から抜けましょうっていう一種の教訓みたいなもんだね」
「なるほど……。情報、感謝します」
「いいや、こっちも大した情報がなくて悪かったねぇ。もし、厄災とやらの情報を集めたいんなら、この先にあるライムラークに行ってみたらどうだい? あそこは色々な所から人が集まるから」
「ありがとう。行ってみます」
ミドリの様子を見に行っていたコルネットさんとピクリンさんが戻ってきて、竜車の準備ができたと言ってくるまで。
僕とクラリィは、ヴィオラの軽妙な筆さばきをボーっと眺め続けていた。
これから向かうライムラークで、悲しい別れがあるなんて思いもせずに。
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次話、『第48話 御者台での攻防』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
お楽しみいただけたら幸いに存じます。




