第43話 森を抜けて、色気
カラカラと軽快な車輪の音。
森の中と異なり、ミドリの足音の方が大きく聞こえる。
自分の得意な環境ではなくなったからか。
緑竜ミドリの速度も、通常の竜車と同じくらいに。
天界城から地上――森の最深部へ降り立ち、色々なことがあったけど。
僕たちは、無事に森を抜けることができたのだった。
青空には、小さな綿雲がフワフワと浮かんでいる。
穏やかな気候が心地いいけれど――
地上二日目にして、もう天空城のぐうたらスローライフが恋しい……。
「雲を見ていたんですか?」と、僕の左隣に座っているコルネットさん。
「うん。天界城のみんな、元気かなって」
「スローくん、もうホームシックなんですね」
そう言って、フフフッと微笑むコルネットさん。
吊り橋効果というやつか。
昨晩の一件から、コルネットさんとの心の距離が、ぐっと縮まったように感じる。
それに加えて、身体の距離も。
竜車の中は、ゆったり空間。
僕たち四人、向かい合って座っているが、なお余裕がある。
それなのに――
僕の左半身に、コルネットさんの体温が伝わってくる。
近い……。
そんな僕たちの様子を、複雑な表情で見ているクラリィ。
彼女は天界城にいたときから、ずっと僕の隣の席だったので、落ち着かないのだろうか。
それとも……。
いや、これは卑猥なことじゃないからね? ほんとだよ?
「昨日の夜、スローかっこよかったね~! 大活躍!」
僕の斜め前に座っているヴィオラが、僕を褒めてくれている。
「私もスキルとか使えたらいいのになぁ~。かっこいいやつ」
「ヴィオラも頑張ってたじゃん」
「私なんて全然ダメ。もっとこう……。かっこよく……」
そう言って、ヴィオラが、もぞもぞと動き出す。
右手を僕に突き出し、ポージング練習だろうか。
「堕落ッッ!!」
僕の声真似をして、僕に堕落のスキルをぶつけてきた。
「ぐわ~っ! なんだか……急に、眠くなってきたような……」
「それ、いつものスローじゃん!」
ヴィオラの演技に乗ってあげただけの僕に対して、クラリィの辛口のツッコミ。
だけど、その通り。
流石、クラリィ。いつも僕を見張っているだけはある。
「あら、スローくん。眠たくなっちゃったなら、私が膝枕してあげましょうか?」
と、小さくポンポンと自分の膝を叩くコルネットさん。
是非! と、喉まで出かかったところで。
森の中でのクラリィの言葉――「ひわいな気がする」を思い出し。
すんでのところで、僕は思い止まった。
「……またの機会に」
残念そうなコルネットさんと、安心した表情のクラリィ。
ヴィオラは、忙しなくポージング練習を繰り返している。
すると、彼女はピタリと動きを止め、スンスンと自分の手首を嗅ぎ出した。
「う~。私、シャワー浴びたいかも~」
森の中はずっと涼しかったが、僕も冷や汗を落としたい気分。
「えっ? ヴィオラ、全然臭くないよ?」と、ヴィオラを嗅ぐクラリィ。
クラリィも嗅いじゃうぞ~、嗅がないで~、とじゃれあう二人。微笑ましい。
そのとき突然、僕の左耳を吐息がくすぐった。
「スローくんは、なんだか良い匂いがします」
気が付くと、コルネットさんが顔を寄せ、静かに僕の匂いを嗅いでいた。
「ダメだから! 僕、結構汗かいてるから!」
「そんなことないですよ。男の人の香りって感じがします」
そう言われ、途端に恥ずかしくなる僕の繊細な乙女心。
「じゃあ次は……私のも嗅いでみます?」
コルネットさんは、そう言うと。
濃い藍色のストレートヘアを頭の後ろで纏め、白い項を覗かせた。
綺麗な首筋……。
僕は今、間違いなく大人の色気に翻弄されている。
「……またの機会に」
僕がその言葉を口から絞り出すまでに、かなりの時間を要した。
「ちょっと、みんな! また私のこと、忘れてないかぁ?」
そんな御者台からのピクリンさんの声は、色香にあてられた僕の心に響かず。
そのまま、ゆるゆるとマイペースに走るミドリの足音に消えていった。
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次話、『第44話 辺境の村トレマック』は、明日の朝、午前中の投稿となります。お楽しみ頂けたら幸いに存じます。
また、私事で恐縮なのですが、この度、本作を第8回ネット小説大賞に応募してみることにしました。
今後とも、お付き合い頂けたら嬉しく存じます。




