第40話 今夜、焚火が消える前に
やっぱり今日中には、森を抜けられなかったのである。
ひっそりとした夜の森。
少しだけ開けた場所を見つけ、野営をしている僕たち一行。
焚火から煙が立ち、煤っぽい香りと湿った森の匂いが混ざる。
「ミドリのご飯は、本当にあんな感じでよかったんでしょうか?」
コルネットさんが、木々の奥に広がる暗がりを見ながら言った。
緑竜ミドリは、肉食なのだが。
この地上の旅には、彼女のお腹を満たす量の肉を持ってこれなかったので。
今いる深い森が、ちょうど緑竜の生息地に近い環境なこともあり。
好きに食べておいで、とコルネットさんに首輪を外されたのだった。
ミドリ……ちゃんと帰ってくるだろうか……。
そのまま野生化してしまったら、僕たちは徒歩で旅を続けなければならない。
徒歩の旅……。
想像するだけで心労が凄い。
そんなの旅の途中で逃げ出して、僕まで野生化してしまうぞ。
そして、易々と魔物に捕らえられて、食物連鎖の環の中に……。
「きっと、お腹いっぱいになって帰ってくるんじゃないかなぁ」
僕は、自堕落な自分の末路を掻き消すように、そう言った。
「そうだといいんですけど……」
「あれだけ俊敏に走れるんだから大丈夫だって!」
コルネットさんは、僕の言葉で少し安心したのか。
手に持ったマグカップに、そっと口をつけた。
森閑という熟語が思い出される程、静かな夜の森の中。
倒れた原木に腰を落ち着けていると、ふわりと眠気が襲ってきた。
すでにクラリィは、僕にもたれかかって、スゥスゥと寝息を立てている。
先程、眠そうに目をこすっていたクラリィに、「膝枕してあげようか?」と、下心なく僕が尋ねると。
彼女は、周りのメンバーを見渡した後、「それは、ちょっとひわいそうだから止めとく」と言って、僕の肩に体重を預けたのだった。
照れもあるんだろうけど、彼女の卑猥さの基準は、少し厳しいような……。
そんな中、ヴィオラはというと――
一生懸命、ペン型の魔道具を分解していた。
あれは、ピクリンさんの私物である。
「ちょっ! その魔道具、結構高かったんだぞ!」
「あとちょっと! あとちょっとでできるから!」
「ひえぇ、魔力核まで取っちゃって……」
今度は、ヴィオラが、手元の小さなポーチの中に、細かな部品を一つ一つ埋め込みだした。
「できた!」
そう言って、頭上に高く掲げられたポーチ。
何の変哲もないように見えるけど……?
「ねぇ、ヴィオラ。そのポーチ、どこか変わったの?」と、僕が声を掛ける。
「えへへ。今日からこの子は、インベントリー・ポーチになりました。」
「インベントリー・ポーチ?」
「このポーチの口に入る大きさ物なら、文字化させることによって無限に入れられます!」
えっ? それ、どういう仕組み?
文字化……? 俄には信じがたいチート感。
「すごい! 失われた技術じゃないのか、それ!」
「私、この技術。天界城の禁書棚で見つけました!」
興奮するピクリンさんに、ヴィオラが自慢気に胸を張っている。
「あら。ヴィオラちゃん、勝手に禁書棚のところに入っちゃったんですか?」
「ううん。バス王さまにお願いしたら入れてくれたんだぁ~」
「バス王さま……」
コルネットさんと僕は今、きっと同じ気持ちだろう。
バス王……。ヴィオラを甘やかしすぎ……。
かつての威厳たっぷりのバス王の顔が、僕の記憶から消えつつあった、そのとき。
「スローくん、急いでクラリィちゃんを起こしてくれますか?」
「コルネット、もう囲まれてるか」
「……はい。私としたことが、迂闊でした」
コルネットさんとピクリンさんが立ち上がり、辺りを警戒し始める。
気配や物音が一切しない、文字通り森閑とした野営地に。
パチリと焚火の薪が爆ぜた。
次の瞬間――
ガウッという短い獣の声。
僕らのベースキャンプの周囲の闇から、無数の赤い双眸が浮かび上がった。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
いよいよ、【第二章 地上の旅路】がスタートしました!
次話、『第41話 一匹狼への誘い』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
第二章も、引き続き皆さまにお楽しみ頂けたら嬉しく存じます。




