第39話 香り立つ異世界の匂い
「わぁ、凄い! ゴブリンなんて初めて見た!」
次々とミドリに跳ね飛ばされていくゴブリンの群れを見て。
僕は思わず、「異世界だ!」と、感嘆の声をあげた。
僕たちがやってきた方角は、人里離れた森の奥。
ゴブリンたちは、もちろん人間から縄張りを守ろうと考えてバリケードを設置していたので。
突如、猛スピードでバリケードの内側から現れた竜車に、陣形はあっという間に崩壊したのだった。
なんだか悪いことをした気分。
「気を付けろ! まだ一匹、外側に付いてるぞ!」
御者台から聞こえるピクリンさんの声。
それと同時に、竜車の窓から、「キキキーーー!」と、一匹のゴブリンが侵入してきた。
「うわぁ、入ってきた!」
と、焦ったクラリィが分厚い魔導書を振りかぶり。
ゴブリンに物理的なダメージを与えようとした瞬間――
「あらあら、ダメでしょ? 入ってきちゃ」
コルネットさんが、まるで子供をあやすように優しく諭しながら、素手でゴブリンを捕まえた。
恐らくゴブリンは、全力で抵抗しているのだろう。
キキキキ……と、声を漏らしながら、苦悶の表情で身体をよじらせている。
ただ、腕の上から、物凄い力で上半身を押さえられているせいか。
宙ぶらりんになった足だけがバタバタしている。
「キッ、キキッ……」
「もうしない?」
「キキキ……」
「約束できる?」
「キィ……」
コルネットさんとの実力差を悟ったのか、脱力してしまったゴブリン。
もう、なんだかそういう種類の縫いぐるみにも見えてくる。
「いい子」
コルネットさんの慈愛に満ちた目。
そっと窓の外に投げ出されるゴブリン。
僕は今、見事なキャッチ&リリースを観させてもらった。
そんな感じで、僕がすっかり観劇のような気持ちでいると。
僕の前に座っていたヴィオラが、「ゴブリンさん、飼ってみたいなぁ……」と、危ないことを言い出した。
「止めといた方がいいよ、ヴィオラ。今のは大丈夫だったけど、外には武器を持ったゴブリンもいたよ?」
「ゴブリンさんは群れる習性があるみたいだよね……。やっぱり多頭飼いじゃないとダメかな?」
多頭飼いする気である。
僕の忠告は、きっと彼女の耳には届いていない。
「お父さ……じゃなかった、バス王さまに今度頼んでみよう」
間違いなく子煩悩のバス王は、愛娘ヴィオラの頼みを拒まないだろう。
天界城よ、待っていろ。
いつか、そっちにゴブリンが行くぞ。
しかも、群れでな。
ガタガタと休むことを知らない車輪。
竜車を引く雌の緑竜ミドリは、何事も無かったかのように大爆走を続けている。
緑竜、別名「グリーンドラゴン」は、深い森の奥に生息している。
つまり、今走っている環境こそ、彼女のホームグラウンドなのである。
一応、天界城の広い庭園でミドリを散歩をさせてはいたけれど。
ここまで伸び伸びと身体を動かせる機会は無かったんじゃないだろうか。
きっと彼女は喜んでいるのだろう。
このスピードだったら今日中には森を抜けられそう。
それにしても、ピクリンさんは流石だと思う。
荒れた獣道のロデオ的な乗り心地にも負けず。
ゴブリンのバリケードを大破させた衝撃にも負けず。
コルネットさんの言うことしか聞かないミドリにも負けず……。
「ちょっと、ミドリ? そっちの道じゃないよ? あれ? ミドリ?」
不安を煽るピクリンさんの声。
ちょっとピクリンさんが穏やかな様子じゃなさそうだから。
取り敢えず、さっきの誉め言葉は撤回しておこう。
そして、大きな欠伸を一つ。
この後のことを敏感に察した僕は、あらかじめ体力を温存しておくため、少し仮眠をとることにしたのだった。
今日中には森を抜けられそうにないからね。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
いよいよ、【第二章 地上の旅路】が始まりました!
次話、『第40話 今夜、焚火が消える前に』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
第二章も、引き続き皆さまにお楽しみ頂けたら嬉しく存じます。




