第38話 竜車の中の四人
森の中の舗装されていない道。
ガタガタと車輪が悲鳴を上げている。
「この音、大丈夫かなぁ?」
窓の外を眺めていたクラリィが不安そうに呟いた。
クラリィは、天界城における精鋭部隊、姫騎士団に最年少で入団した天才魔法使いである。
外からは荒々しい走行音が聞こえてくるけれど。
緑竜ミドリが引いている竜車の内部は、クラリィの振動抑制魔法によって快適そのもの。
クラリィは、基本的に攻撃魔法が専門らしいのだが。
簡単な補助魔法くらいなら扱えるようだった。
ただ、快適な旅とはいえ。
天界王バスの用意してくれた竜車は、本来なら二匹の地竜がゆったりと引くものであり。
躍動感のあるミドリの全力疾走に耐えうる構造になっているかは、少し怪しかった。
「もし壊れちゃったら、私メンテナンスできるよ!」
クラリィの呟きを聞いたヴィオラが、得意気な表情をしながら言った。
ヴィオラは、天界城で、バス王の娘として育てられた人間族の女の子である。
「ヴィオラちゃん、昔から手先が器用でしたもんね」
と、ヴィオラの隣で、コルネットさんが優しく微笑んでいる。
僕は、つい最近まで、コルネットさんはミドリの飼育員だと思っていたのだが。
実は姫騎士団の団長だった。
僕は、彼女が片手でミドリの突進を防ぎ止めたシーンを目撃している。
控え目に言って豪傑である。
「みんな頼もしいなぁ」
平凡の探究者たる僕は、持ち前の自堕落精神を発揮し。
この世界に来て初めての、天界ではない場所――地上の旅路を。
すっかり彼女たちに任せる気でいた。
現在、地上では、七つの厄災を打ち倒した英雄たちが暴走し。
再び混乱の世となっているのだそうだ。
さらに、消滅したはずの厄災『嫉妬』まで復活してしまい。
もうてんやわんやの状態。なすすべなしの戦力不足MAX。
地上に住まう人間族の使者が、わざわざ天界城まで来て。
お前たちも兵を割かんかい、と文句を言ってくるレベル。
そんな僕たち一行は、まるで懇願にも似た使者の命令を一切無視。
天界城に敷設されていた転送装置を起動して。
地の果て――人の寄り付かない深い森の奥へとワープしてきたのだった。
目的は、厄災『嫉妬』の討伐。
ヴィオラの隠されたスキル「黄泉送り」があれば、それが可能となるらしい。
森を抜け、最果ての町で情報を集めた後、『嫉妬』の正体――アルティアの亡霊まで一直線の予定である。
天界城一のナマケモノであると自負する僕。
その他のイザコザ――元英雄たちの暴走に巻き込まれるようなことは、絶対にないようにしたいと、個人的に思っている。
そんな僕たち、竜車の中の四人は……。
「ちょっとみんな。私のこと、忘れてないかぁ?」
悲しげな声が、外の御者台から聞こえる。
その声の持ち主は、天界城を支配下に置こうと攻めてきた人間族の残党だった。
そして、捕虜ではあったが、自分の属する王国の情報を漏らすことに背徳的快感を覚える変態でもあった。
同時に、彼女は人間族の中でも、乗竜階級の騎族という竜の扱いに長けた一族の出身だったので。
彼女ことピクリンさんには、御者台でミドリの手綱を握ってもらっている。
きっと今頃、外で凄まじい振動に揺さぶられているはず。
「私は乗竜階級の騎族だからな。乗り物酔いには強いんだ!」
と、本人は豪語していたが、限度というものがある。
何がとは言わないが。
想像するに、彼女の身体の一部は今、もうバインバインの大騒ぎなはずだ。
何がとは言わないが。
「いや、全然忘れてないよ~」と、僕は窓からピクリンさんに声を掛けた。
そんな僕たち五人は……。
「あ! 前方に、なにやらバリケードを確認! ヤバいっ、ゴブリンの群れだ!」
突然のピクリンさんの警告に、急いで臨戦態勢を整えるのだった。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。
いよいよ、【第二章 地上の旅路】が始まりました!
次話、『第39話 香り立つ異世界の匂い』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
第二章も、引き続きお楽しみ頂けたら嬉しく存じます。




