表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/193

第37話 我が娘、ヴィオラ

 

「ヴィオラが育っていくに連れて、ソプラティア王妃の面影が濃くなっていくのを感じたわ」


 マリアさんが、ヴィオラの顔を懐かしそうに見て言った。


「ただ一つ残念だったのは、ヴィオラには、ソプラティア王妃としても、転生先の存在としても、記憶が残ってなかったこと」


 ヴィオラは、この天界城で、戻ってきたソプラティア王妃としてではなく、ちゃんとヴィオラとして育てられたんだな。


「でも……。私に記憶が残っていなくても、肉体がソプラティア王妃のものだとしたら……」

「そう。ヴィオラの危惧(きぐ)する通り、数年後、『嫉妬(エンヴィー)』の被害が復活したっていう声明が地上で出されたわ。目撃された『嫉妬(エンヴィー)』の姿の情報も更新されていて、ちょうどヴィオラと同じくらいの年齢の少女に変わっていたの」

「やっぱりアルティアさんの魂は、私をソプラティア王妃と同視しているんですね」

「えぇ。多分、そう」


 ヴィオラの推測が、マリアさんによって同意される。


 ここでついに、ヴィオラが最初に言っていた「だって、私。ソプラティア王妃なんでしょ?」に繋がってくるわけか。


 あの胸騒ぎの朝の出来事。


「自分がもしかしたら自分じゃないかもしれない、って思ったことある?」


 と、ヴィオラが『嫉妬(エンヴィー)』の資料を見て、悲しそうな顔をしていたことを、僕は思い返していた。


「ヴィオラよ……。それで、記憶はどこまで……?」


 バス王が、重々しくその口を開いた。


「う~ん、まだまだ全然。転生先の記憶も全くというか……。それでも、一つだけ思い出せた黄泉(よみ)送りの儀式ができれば、アルティアさんの魂をこの世界から解き放てるはずです」

黄泉(よみ)送り……?」

「はい。死の概念がこちらとは違う世界――向こうの世界では、生き物が死んじゃったら、黄泉(よみ)という死者の国へ魂が旅立っていく、というのが一般的な死の概念でした」

「ふむ……。魂が死者の世界へ……」


 昨日、僕が廊下で何気なく放った、死後を意味する言葉の羅列。


 それをきっかけに、ヴィオラは黄泉(よみ)送りの記憶を思い出した、と考えていいのだろう。


「この黄泉(よみ)送りを使えば、この世界――私の肉体と、アルティアさんの魂との結びつきが無くなり、アルティアさんは死者の世界へ行けるはずです」


 これが、ソプラティア王妃が異世界へ行ってまで見つけたかった『嫉妬(エンヴィー)』の倒し方。


 百年もの歳月を費やして、ようやく……。


「だから、私。この天界城から地上へ降りて、『嫉妬(エンヴィー)』を、魂だけの存在になったアルティアさんを、嫉妬という感情の呪縛から解き放ってあげたいんです!」


 ヴィオラには、ソプラティア王妃や、その転生先の存在としての記憶が全く残っていない。


 それにもかかわらず、彼女は今、その思いを受け継ぎ、自らの意志で、『嫉妬(エンヴィー)』の厄災を鎮めようとしている。


 これはきっと、彼女の中で、想像もつかない程の葛藤があってのことに違いない。


 そんな健気なヴィオラに、僕が視線を向けると――


「ヴィオラ……。私はお前を、ソプラティアとしてではなく、ヴィオラとして育ててきた……」

「……はい」


 バス王の威圧的な声。


 ヴィオラの緊張が、僕にまで伝わってくる。


「ヴィオラは小さい頃から……。一度言い出したら聞かんかっただろう?」


 少し困った風に、ヴィオラを捉えているバス王の優しい眼差し。


 それは、かつての自分の妻を見るというより――


 まるでやんちゃな娘を見るような。


 どこか父親の温かみを帯びているようにも感じられた。


「我が娘、ヴィオラに命ずる……!」


 バス王の静かに(うな)るような声。


「地上へ降り立ち……。再び発生した厄災、『嫉妬(エンヴィー)』を討伐せよ……!」

「はいっ! 承知致しましたっ!」


 いつものように、元気よく敬礼ポーズを取るヴィオラ。


 これは空元気なのかもしれないけれど。


 ただ……。


 地上は、元英雄(フォーマー)や『嫉妬(エンヴィー)』の厄災などで大混乱していると聞くので、ヴィオラ一人では、少し……、いや、かなり不安である。


 大丈夫なんだろうか。


 と、僕が、そんな心情を(いだ)いていると――


「スロー……!」


 謁見の間に、バス王の咆哮(ほうこう)に近い呼び声が響く。


「はっ! はいっ!?」


 僕はそれに対して一切(もの)()じせず、どこまでも真摯(しんし)な態度で応じた。


 僕の隣で、クラリィが、「すっごい、裏声……」などと呟いているけど、一体何のことやら。


「スローも、ヴィオラと共に、地上へ行ってやってくれないか……?」


 そんなバス王のお願いに対して、僕は少しの動揺も見せず――


「えっ!? えぇ~っ!? 分かりましたぁ!!」


 と、一騎当千、獅子奮迅、勇猛果敢な態度を示しながら、そう(こた)えた。


 横で、クラリィが、「えぇ~っ!?」と、情けない声をあげている。


 はははっ。まだまだだなぁ、クラリィは。


「そして、姫騎士クラリィ……。スローの監視役として、地上への同行を命ずる……!」


 えぇ~っ!?


 現状に追いつけず、僕の頭はフリーズした。


「はっ!? はいいいいいっ!? 分かりましたぁ!」


 隣から聞こえるクラリィの裏声。


 これは、さっきの僕の声真似だろうか。


「最後に、三人の警護役として……。姫騎士団長コルネットの同行を命ずる……!」

「はいっ! 承知致しましたっ!」


 規則正しく列をなす姫騎士たちの一番端。


 いつもの作業着――サロペット姿ではなく、藍色の鎧を(まと)ったコルネットさんが、凛とした姿勢で敬礼していた。


 ダメだった。


 もう僕の思考は、ダメだった。


 驚くことが多すぎて、ダメになってしまった。


 姫騎士団長?


 コルネットさんって、ミドリのお世話係じゃなかったの?


 そういえば、あのとき……。


 自分に向かって猛進してきた緑竜ミドリを、片手で制止していたっけ……。


 地上への大遠征に、胸を張っているヴィオラとコルネットさん。


 急な大役の任命に、パニック状態の僕とクラリィ。


 天界城を飛び出し、四人の新たなる物語が今始まろうとしていた。


 ……。


 僕のワクワク・スローライフは、どこへ?

そんなこんなで、【第一章 天界城】無事完結致しました!


いつもお読み下さっている皆さま。

ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。


チートスキル『堕落』を使ったり、使わなかったり。天界城で休んだり、働かなかったり。二度寝したり、三度寝したり。

そんなナマケモノだけど、やるときはやる男スローの物語はいかがだったでしょうか?


『面白かった』『趣深かった』『いとをかし』などと思って頂けましたら、下にありますブックマークやポイント評価欄で応援して頂けますと大変励みになります!

また、ご指摘・ご感想も常時お待ちしております!


本作は、読んでいる方が辛い気持ちにならないような、ギャグ回多めの、ほのぼのとしたお話を目指しており。

個人的にも納得のいく第一章になったかなと、ひっそり、こっそり思っていたり。

読者の皆さまにも気に入って頂けていたら幸いに存じます。


続く【第二章 地上の旅路】ですが、現在、絶賛最終チェック中であります。

いよいよ地上編ということで、異世界ファンタジー要素をたくさん詰め込んだ物語となっております。

スローの天界城でのワクワク・スローライフは、どこかへ行ってしまいましたが。

第一章以上に、ワクワクして頂ける内容にしたいと考えております。


そして、次話、『第38話 竜車の中の四人』は、三日後、26日(土曜日)の夕方頃から、再び毎日投稿となります。

引き続きお楽しみ頂けたら嬉しく存じます。


長くなりましたが、ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。

重ねてお礼申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▲応援いただけますと、大変励みになります!▲
 
▼みなさまのご感想、お待ちしております!▼
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ