第37話 我が娘、ヴィオラ
「ヴィオラが育っていくに連れて、ソプラティア王妃の面影が濃くなっていくのを感じたわ」
マリアさんが、ヴィオラの顔を懐かしそうに見て言った。
「ただ一つ残念だったのは、ヴィオラには、ソプラティア王妃としても、転生先の存在としても、記憶が残ってなかったこと」
ヴィオラは、この天界城で、戻ってきたソプラティア王妃としてではなく、ちゃんとヴィオラとして育てられたんだな。
「でも……。私に記憶が残っていなくても、肉体がソプラティア王妃のものだとしたら……」
「そう。ヴィオラの危惧する通り、数年後、『嫉妬』の被害が復活したっていう声明が地上で出されたわ。目撃された『嫉妬』の姿の情報も更新されていて、ちょうどヴィオラと同じくらいの年齢の少女に変わっていたの」
「やっぱりアルティアさんの魂は、私をソプラティア王妃と同視しているんですね」
「えぇ。多分、そう」
ヴィオラの推測が、マリアさんによって同意される。
ここでついに、ヴィオラが最初に言っていた「だって、私。ソプラティア王妃なんでしょ?」に繋がってくるわけか。
あの胸騒ぎの朝の出来事。
「自分がもしかしたら自分じゃないかもしれない、って思ったことある?」
と、ヴィオラが『嫉妬』の資料を見て、悲しそうな顔をしていたことを、僕は思い返していた。
「ヴィオラよ……。それで、記憶はどこまで……?」
バス王が、重々しくその口を開いた。
「う~ん、まだまだ全然。転生先の記憶も全くというか……。それでも、一つだけ思い出せた黄泉送りの儀式ができれば、アルティアさんの魂をこの世界から解き放てるはずです」
「黄泉送り……?」
「はい。死の概念がこちらとは違う世界――向こうの世界では、生き物が死んじゃったら、黄泉という死者の国へ魂が旅立っていく、というのが一般的な死の概念でした」
「ふむ……。魂が死者の世界へ……」
昨日、僕が廊下で何気なく放った、死後を意味する言葉の羅列。
それをきっかけに、ヴィオラは黄泉送りの記憶を思い出した、と考えていいのだろう。
「この黄泉送りを使えば、この世界――私の肉体と、アルティアさんの魂との結びつきが無くなり、アルティアさんは死者の世界へ行けるはずです」
これが、ソプラティア王妃が異世界へ行ってまで見つけたかった『嫉妬』の倒し方。
百年もの歳月を費やして、ようやく……。
「だから、私。この天界城から地上へ降りて、『嫉妬』を、魂だけの存在になったアルティアさんを、嫉妬という感情の呪縛から解き放ってあげたいんです!」
ヴィオラには、ソプラティア王妃や、その転生先の存在としての記憶が全く残っていない。
それにもかかわらず、彼女は今、その思いを受け継ぎ、自らの意志で、『嫉妬』の厄災を鎮めようとしている。
これはきっと、彼女の中で、想像もつかない程の葛藤があってのことに違いない。
そんな健気なヴィオラに、僕が視線を向けると――
「ヴィオラ……。私はお前を、ソプラティアとしてではなく、ヴィオラとして育ててきた……」
「……はい」
バス王の威圧的な声。
ヴィオラの緊張が、僕にまで伝わってくる。
「ヴィオラは小さい頃から……。一度言い出したら聞かんかっただろう?」
少し困った風に、ヴィオラを捉えているバス王の優しい眼差し。
それは、かつての自分の妻を見るというより――
まるでやんちゃな娘を見るような。
どこか父親の温かみを帯びているようにも感じられた。
「我が娘、ヴィオラに命ずる……!」
バス王の静かに唸るような声。
「地上へ降り立ち……。再び発生した厄災、『嫉妬』を討伐せよ……!」
「はいっ! 承知致しましたっ!」
いつものように、元気よく敬礼ポーズを取るヴィオラ。
これは空元気なのかもしれないけれど。
ただ……。
地上は、元英雄や『嫉妬』の厄災などで大混乱していると聞くので、ヴィオラ一人では、少し……、いや、かなり不安である。
大丈夫なんだろうか。
と、僕が、そんな心情を抱いていると――
「スロー……!」
謁見の間に、バス王の咆哮に近い呼び声が響く。
「はっ! はいっ!?」
僕はそれに対して一切物怖じせず、どこまでも真摯な態度で応じた。
僕の隣で、クラリィが、「すっごい、裏声……」などと呟いているけど、一体何のことやら。
「スローも、ヴィオラと共に、地上へ行ってやってくれないか……?」
そんなバス王のお願いに対して、僕は少しの動揺も見せず――
「えっ!? えぇ~っ!? 分かりましたぁ!!」
と、一騎当千、獅子奮迅、勇猛果敢な態度を示しながら、そう応えた。
横で、クラリィが、「えぇ~っ!?」と、情けない声をあげている。
はははっ。まだまだだなぁ、クラリィは。
「そして、姫騎士クラリィ……。スローの監視役として、地上への同行を命ずる……!」
えぇ~っ!?
現状に追いつけず、僕の頭はフリーズした。
「はっ!? はいいいいいっ!? 分かりましたぁ!」
隣から聞こえるクラリィの裏声。
これは、さっきの僕の声真似だろうか。
「最後に、三人の警護役として……。姫騎士団長コルネットの同行を命ずる……!」
「はいっ! 承知致しましたっ!」
規則正しく列をなす姫騎士たちの一番端。
いつもの作業着――サロペット姿ではなく、藍色の鎧を纏ったコルネットさんが、凛とした姿勢で敬礼していた。
ダメだった。
もう僕の思考は、ダメだった。
驚くことが多すぎて、ダメになってしまった。
姫騎士団長?
コルネットさんって、ミドリのお世話係じゃなかったの?
そういえば、あのとき……。
自分に向かって猛進してきた緑竜ミドリを、片手で制止していたっけ……。
地上への大遠征に、胸を張っているヴィオラとコルネットさん。
急な大役の任命に、パニック状態の僕とクラリィ。
天界城を飛び出し、四人の新たなる物語が今始まろうとしていた。
……。
僕のワクワク・スローライフは、どこへ?
そんなこんなで、【第一章 天界城】無事完結致しました!
いつもお読み下さっている皆さま。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
チートスキル『堕落』を使ったり、使わなかったり。天界城で休んだり、働かなかったり。二度寝したり、三度寝したり。
そんなナマケモノだけど、やるときはやる男スローの物語はいかがだったでしょうか?
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本作は、読んでいる方が辛い気持ちにならないような、ギャグ回多めの、ほのぼのとしたお話を目指しており。
個人的にも納得のいく第一章になったかなと、ひっそり、こっそり思っていたり。
読者の皆さまにも気に入って頂けていたら幸いに存じます。
続く【第二章 地上の旅路】ですが、現在、絶賛最終チェック中であります。
いよいよ地上編ということで、異世界ファンタジー要素をたくさん詰め込んだ物語となっております。
スローの天界城でのワクワク・スローライフは、どこかへ行ってしまいましたが。
第一章以上に、ワクワクして頂ける内容にしたいと考えております。
そして、次話、『第38話 竜車の中の四人』は、三日後、26日(土曜日)の夕方頃から、再び毎日投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら嬉しく存じます。
長くなりましたが、ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。
重ねてお礼申し上げます。




