第36話 嫉妬の亡霊
「初めに言っておく……。『嫉妬』の正体は、ソプラティアの双子の妹、アルティアの亡霊だ……」
どこまでも低く、身体の芯を揺さぶるような声で、バス王は言った。
そういえば前に、ソプラティア王妃には瓜二つの双子の妹がいたと、ショナさんから聞かされていたっけ。
確か、バイタリティの化身だった頃のバス王は、姉妹両方を妻として天界城に迎えようとしたけど、結局できなかったんだよな。
「アルティアは、姉ソプラティアよりも先に、人間族の国へ嫁いだ。どこにでもある、政略結婚だ……」
続けてバス王が、絞り出すような声で嘆いた。
「そこでね、彼女は裏切られちゃったの。その国の王子に」
「謀略だった。アルティアは何も悪くなかった……」
「その王子、最初はアルティアにいい顔してたみたい。けど、実は王子には元から恋愛関係にあった女性がいて、アルティアとの結婚後も密会したりしてたんだって。それで、次第に邪魔になってきたアルティアは、無実の罪を着せられて、国外に追放されちゃったの。そうだったわよね?」
マリアさんとバス王が、互いの記憶を確かめるかのように、こちらに情報を与えてくれる。
「あぁ。名目の上で罪人とされたアルティアは、祖国のエベレスティールにも帰れず、孤独の中、森の奥で自害してしまった……。全て、ちょうど私とソプラティアの結婚が決まり、私が彼女の監視の目を緩めた短い期間に起こったことだ……」
バス王は、まるで全ての責任が自分にあるかのように言った。
「バスくん。いや、バス王さまは、姉妹と仲良しだったから、知らない国に嫁がされたアルティアのことが心配で、魔法で動向を少しだけチェックしてたのよ」
マリアさんが、監視という物騒なワードについてのフォローを加えた。
が、依然として、バス王の双子姉妹に対するバイタリティは、ちょっと怖い。
スーパーヘビー級の愛である。
「後から分かった話だが、アルティアの遺書には、男性に対する猜疑心と姉ソプラティアに対する祝辞、そして最後に一言、姉が羨ましい、と記されていた……」
「それが原因で、アルティアさんは亡霊になってしまったのですか?」
静かに、かつ切々とアルティアを追懐するバス王に、ヴィオラが尋ねる。
「私は、そう思っている……」
バス王の悲痛な表情。
今、彼の声が震えているのは、きっと声の低さだけが原因ではない。
「でも、どうしてアルティアさんの亡霊が『嫉妬』だと?」
と、ヴィオラが王座に向かって問い掛けた。
「彼女が亡くなった日から、人間では不可能なくらい広い範囲で、結婚している男性が誘拐され始めたの。目撃された『嫉妬』は、いずれも女性。それに加えて、事件の同一性――アルティアの祖国、エベレスティールの技術でできた機械椅子に強い呪いが刻まれた、通称「快楽椅子」に縛られて発見される被害者たち」
「はい、資料で読みました。でも、それだけでは……」
「一番決定的だったのが、『嫉妬』と戦って、生きて帰ることに成功した討伐隊の剣士が、その顔がソプラティア王妃にそっくりだったって証言したことよ。きっと、どこかで王妃と会ったことがあったのね。あともう一つ。彼は、『嫉妬』が、アルティアの嫁ぎ先の国の紋章の入った指輪をつけていたとも証言しているわ」
「なるほど……です……」
溢れる疑問を持て余している僕たちの代わりに、ヴィオラが質問し、過去を偲んで精神的に苦しそうにしているバス王の代わりに、マリアさんが回答する。
そういう構図が、この場にできていた。
「それからしばらく経つと、ある程度、『嫉妬』がアルティアの亡霊じゃないかと踏んだ討伐隊の話も増えてきたわ。浄化作用のある武器での物理攻撃や神聖魔法、その他一切の攻撃が効かなかったとか、再生とかそんな優しい話じゃなく無傷だとか」
資料には、再生能力の可能性について述べられていたが、あの記述は勘違いだったのか。
それにしても、全ての攻撃を受け付けない亡霊……。
「そんな中、ダメージを与えられないはずの『嫉妬』の頬に、小さな傷ができていることに気付いた討伐隊の一人が、その情報を公にしたんだけど、ちょうどその頃、うっかり事故でソプラティア王妃の頬にも同じような小さな傷ができていたのよ。その情報を知った王妃は、『嫉妬』は無敵なんじゃなくて、自分の姿に対応しているだけなんじゃないかって気付いたみたい」
アルティアさんは、境遇的に嫉妬の対象だったソプラティア王妃の姿に、執着があったのだろうか。
いや、しかし。ヴィオラの推理力は、ソプラティア王妃譲りのものに違いない。
勘の鋭さが、常人のそれではないぞ。
「それと、ソプラティア王妃が異世界に旅立ったのが、どう関係してくるんですか?」
黙って成り行きを静観している僕とクラリィ。そして、周りの姫騎士たち。
ここからは、早く核心に迫ろうと急いているヴィオラの姿が見える。
そろそろ、先程ヴィオラが言った、自分はソプラティア王妃ではないのか、という発言と関わってくるんだろうか。
「『嫉妬』を……アルティアの亡霊を鎮めるためには、転生――死して肉体が滅びても魂は循環し続けるという、この世界の死の概念とは性質を異にした別の死の概念が必要だった……」
「ソプラティア王妃は、『嫉妬』を倒す方法を異世界に求めたの。私たちの世界では到底発見できないような死の概念を」
「それでソプラティア王妃は、それを学ぶことのできる世界へ転生してくれと言われたんですか?」
「あぁ……」
そうヴィオラに説明する、バス王とマリアさん。
二人は、とても息が合っているように思える。
きっと二人は昔からの付き合いなんだろう。
ようやくバス王の悲しみも落ち着いたみたいだ。
表情は、相変わらず芸術作品のように厳ついままだけど。
「異世界転生っていうのは、自分の能力を最大限に活かせる世界に生まれ変わらせてあげることなの。そして、ソプラティア王妃はその能力として、こちらの世界に戻って来られる能力を授かっていったわ。彼女の強い意志がそれを可能にしたのね」
「スキルを最大限に活用できる世界に転生……。きっと、ソプラティア王妃には、自分の思いを成し遂げる自信があったんですね」
「ソプラティアは、一度決めたら絶対にやる、そういう性格だった……。どうしても行くと言って譲らなかった……」
「そうして、ソプラティア王妃がこの世界からいなくなった後、ぱったり『嫉妬』の厄災も止んだのよ。アルティアの魂が王妃の肉体に依存していた証拠ね。……それからだいぶ経ったある日、転生の間に赤ん坊が現れたの。それがヴィオラよ」
バス王、マリアさん、ヴィオラ。
三人が、『嫉妬』とソプラティア王妃との関係を語り尽くし。
今度は、ヴィオラと王妃との関係を明らかにしようとしていた。
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次話、『第37話 我が娘、ヴィオラ』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
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