第34話 水の妖精
「大変だ、スロー! ……って、おまえ、なんて格好してるんだ!」
突然、部屋にクラリィが飛び込んできた。
まず初めに言っておくことがあるとすれば……。
これは周知の事実なのだが、ここ僕の部屋には内鍵がついていないということ。
そして、天界においては、ノックという文化的儀礼に疑義を呈し、それに反旗を翻す者さえいるということ。
そこから導き出される結論。
それは、自由気儘な性格のヴィオラも、たった今、一人で僕の部屋に駆け込んできたクラリィも、無施錠の扉をほしいままに、開けたい放題の閉めたい放題。
同様に僕のプライバシーも、覗きたい放題の覗かれたい放題であるということ。
ときに、僕は過去の反省をしっかりと活かす男である。
一度ヴィオラに、産まれたての姿を見られた経験のある僕。
今日という日に、たとえ部屋のシャワーを浴びた後、またまた着替えを枕元に忘れていたとしても、抜かり無く。
先程まで着ていたローブで身体の水分を拭き取り。
(さっきまで履いていた下着は、なんとなく汚く思えたのでやめておいた)
天界城の菜園で採れる不思議な植物で作られた、吸水性抜群のボディスポンジで致命的な部分を隠蔽しよう、と思い付き。
スポンジを、よわよわな握力を駆使して、何度も何度も強く絞り。
絞り切れず、秘匿部位からピタピタと水滴を垂らしながら、部屋を横断するなんて、造作もないことなのである。
全裸で。
「やぁ! おかえり、クラリィ!」
と、丸裸の僕は歩みを止めず、朗らかに返事をした。
今までの経験則から、帰ってくるならタイミング的にそろそろか、などという感覚があったので、僕個人としては、さしたる驚きはなかった。
「ひ、ひわい……なのか? それは……?」
寸毫の迷いもなく。
さながらこれが当然のスタイルかの如く。
正々堂々とプリケツをさらして、枕元の着替えまで胸を張り続ける水浸しの僕。
まるで水の妖精かな?
そんな今までに見たことのない幻想的な光景に、クラリィは、困惑を隠しきれない様子だった。
ただ一つ言うなら、卑猥で間違いない。それは確かだ。
まず下半身。
水分こそ漏洩してしまっているが、極秘情報は決して漏洩していない。
隠すべきところは、しっかりと隠れている。
まぁ、及第点といったところか。
しかし、上半身。
左右の両ニップルスは、惜しげもなく解放され、かつ、開放されているし。
なんなら声を揃えて、「おかえりクラリィ!」と、ユニゾンで、シンクロナイズド挨拶をブチかましている可能性だってある。
そんなメルヘンチックなことを考えている僕の脳内。
やはり冷静を装っているだけで、完璧にパニックだったようだ。認めよう。
クラリィに背を向け、ナマケモノのようにゆったりと、かつ優雅に着替えを済ませる僕。
「終わった……のか?」
と、サブカルチャーのお約束的に、まだ終わっていないフラグをビン立ちさせているクラリィ。
大丈夫、もう終わった。
もう終わったんだ……。
僕の着替えも、威厳も、尊厳も、何もかもが……。
石鹸の香りが目に染みる。
バレないように、こっそりと、まだ髪の毛がずぶ濡れの間に、出せる涙を全部出してしまおうか。
「そんなに慌てて。何が大変なの?」
僕はいつも通りの表情を作って悠然と振り返り、クラリィに尋ねた。
心の中で号泣しながら。
「あ、あぁ、そう! ヴィオラ! ヴィオラが天界城から出ていくって!」
「えぇ?!」
仰天して、ピタリと止まる部屋の時間と心中の涙。
僕のモミアゲから顎の先にかけて、一筋の水滴が流れていった。
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次話、『第35話 名探偵の才能』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
お楽しみいただけたら嬉しく存じます。




