第33話 スローライフ、終焉の予感
「いや、ボクはおやつが食べたいからスローの監視役に志願したんじゃないんだからな!」
「えっ? でも、今日も一緒におやつ食べるでしょ?」
「それは、まぁ……食べるけどさ」
「食べよう、食べよう!」
僕とクラリィは、緑竜ミドリの散歩を終え、部屋まで帰っている最中だった。
部屋で僕たちを待っているのは、天界のおもてなし――おやつタイムである。
「今日のおやつは、何だろうなぁ……。またあの雲みたいな甘いふわふわ食べたいなぁ」
「いいよなぁ、あれ……。けどボク、今日はさっぱりフルーツの気分だなぁ……」
すっかり骨抜きにされてしまっている表情の僕たち二人。
天界城の廊下を歩く足取りも軽い。
大した労を任されているわけではないのに、毎日やってくる至福の時間。
僕もクラリィも、天界スイーツの虜にされてしまって久しい。
まるで温室のような天界城の環境。
僕たちに対する労いの気持ちが過剰な気もしてくる。
バス王は怖い顔をしているけれど、身内には甘いタイプに違いない。
確か、ヴィオラも天界城で拾われた孤児っていう話だったけど。
あの傍若無人さというか、ミドリの食費の件で、バス王にホイホイと意見できる権力というか……。
きっとバス王は、ヴィオラのことを蝶よ花よと育ててきたんだろう。
ヴィオラは、いい意味で温室育ち。
「そういや、ヴィオラ。全然部屋に来なくなっちゃったねぇ」
僕は、不思議に感じていたことをクラリィに投げかけた。
「ね~。なんかヴィオラ、最近、図書室や資料室に籠ったりしているらしいよ?」
「勉強かなぁ? 急にどうしちゃったんだろう」
「スロー、なんか避けられるようなこと言ったんじゃないの?」
「避けられるようなことって?」
「ひわいなこととか」
「卑猥なことねぇ……」
僕は立ち止まり、両腕を組んで考え込むポーズ。
「あのー……。そう深く考え込まれると、ボクちょっと困っちゃうんだけど……」
「あれかなぁ……。それとも、これかなぁ……」
「えっ!?」
「どれのことだろう……」
「ス、ス、ス、スロー! まさかボクの知らない間に、いっぱいひわいなこと言ってたの!?」
「冗談、冗談! 大丈夫。一回も言ったことないから!」
「なんだよ、もう! びっくりするなぁ!」
「こう見えて僕は紳士なのです」
クラリィは素直に驚いていた様子。
冗談の言いがいがあって楽しい。
ただ、ヴィオラが姿を現さなくなったのは、冗談ではなく本当のことだった。
どういうわけか、あの朝から、ヴィオラは僕たちの前に姿を現さなくなった。
朝一番もそうだし、ミドリのお世話タイム、そしておやつの時間でさえも。
「もうっ! 早く帰ろう!」というクラリィの先導で、再び歩き出す僕。
そのとき、後ろから――
「やぁやぁ! お二人さん、久し振りだねぇ!」
突然、ヴィオラが声を掛けてきた。
わぁ、びっくりした、とクラリィが目を丸くしている。
僕も突然のことで、少し驚いてしまった。
「やぁ、ヴィオラ。久し振りだね。元気にしてた?」
「元気元気! スローも元気そうだね!」
「うん。僕は、疲れるようなことを何一つしていないからね」
すると、クラリィが我に返って。
「ふー。いきなりだったから、ボク、さっきの話よりもびっくりしちゃったよ……」
「なになに? 今、二人でなんの話してたの?」
「えっとね。スローは、ひわいだって話」
待て。そんな話はしていない。
むしろ逆で、僕は清廉潔白だという話をしていたはずだが?
「え~? スローは卑猥なの?」
「僕の卑猥さは、ちょうどヴィオラと同じくらいかな! なにせ僕は、清廉けっぱ……」
「へぇ~。私と同じくらいだったら、まぁまぁ卑猥なんだね!」
「えっ!」
「えっ?」
急なヴィオラのカミングアウトに、小さく声をあげて驚く僕とクラリィ。
ヴィオラって、まぁまぁ卑猥なの……?
「ふふふ、冗談だよ!」
そう言って、クスクス笑うヴィオラ。
ちくしょう! まんまとヴィオラの手の上で踊らされてしまった!
と、悔しがると同時に、僕は、いつもと変わらないヴィオラの元気さに少しだけ安心していた。
「あまりの驚きに魂が旅立っていきましたとさ。さよなら僕の魂……」
「え~? どこに旅立ったの?」
「一足先に、あの世へ……」
「あの世? あの世ってどこ?」
僕の発言に、ヴィオラが首を傾げている。
僕、何か変なこと言っちゃったかなぁ……って、そうか。
こっちの世界では、転生――生まれ変わりが主流だから、死後の世界という概念が無いのか。
「ん~。天国というか、極楽浄土というか、黄泉の国というか、生まれ変わったりせずに……、説明が難しいなぁ」
「黄泉……? そう、黄泉! 思い出した!」
そう叫んで、何かを思い出したらしきヴィオラ。
「ごめん、またね!」と言って、図書館の入った塔の方へ走って行ってしまった。
「ヴィオラ、急にどうしちゃったんだろ」
「ヨミヨミ言ってたけど、何を思い出したんだろうね」
廊下に取り残される僕とクラリィ。
開け放たれていた窓から、強めの風が入り込んできた。
雲の上の天界城。
いつも青く澄んでいるはずの空が、どこか薄く霞がかかっている気がした。
次の日の朝。
姫騎士団の緊急招集が終わるなり、僕の部屋に飛び込んできたクラリィ。
僕の天界でのスローライフが終わりを告げようとしていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。応援感謝致します!
次話、『第34話 水の妖精』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
お楽しみいただけたら嬉しく存じます。




