第30話 バイタリティの化身
深夜の天界城。
僕と姫騎士ショナさんが、細長い廊下を歩いている。
昼間は沢山見られる天使たちの姿も、今は全くである。
会議室から僕の部屋までは、少し距離がある。
密会の後、僕は特に方向音痴というわけではないけれど、城内の複雑な内部構造に明るくないので、ショナさんに部屋までの案内を頼んだのだった。
監視役のクラリィには部屋で留守番をしてもらっていたので、部屋までの見張りも兼ねて丁度いいか、とショナさんは快諾してくれた。
真夜中の天界城で迷わずに済みそうで助かった……。
僕が、ほっと胸を撫で下ろしていると――
「さっきの話は、我々姫騎士団員以外には口外しないように頼む」
ショナさんは、凛とした眼差しで廊下の先を真っ直ぐ見ながら、少し強めに言った。
「うん、分かった」
暴走した元英雄たちが天界に攻めて来る可能性があるなんて情報。
もし拡散されてしまったら、一般の天使たちは恐怖に震え上がってしまうかもしれない。
それに、ショナさんによると、七つの厄災に関する話も、元英雄と同様に、天界城内では厳禁なんだそうだ。
初めてヴィオラと出会ったとき、名前の記憶を失っていた僕が、ナマケモノに肖ろうと、スロースと名乗ったら、彼女に凄い剣幕で止められた。
そんな天界城初日の一場面を、僕は思い出していた。
『怠惰』との関係が疑われていたら、僕はかなりヤバかったのかも。
ヴィオラには、ほんと感謝だなぁ。
「ヴィオラって、良い子だよね」
静かな廊下に、僕の小さな声は響かなかった。
「……そうだな。良い子だ」
と、ショナさんが同じような声のトーンで返答した。
「ヴィオラ本人から聞いたんだけど、ヴィオラが亡くなった王妃さまに似てるって本当なの?」
「んー、そうらしいな。私は姫騎士に就任してからまだ日が浅いから、本物のソプラティア王妃の顔を見たことがないが、昔から城に仕えている天使たちは、皆そう言うなぁ」
「ソプラティア王妃って言うんだね」
「あぁ、元々は人間族のお方でな。天界からでも見えるくらい高い山の上で繁栄していたエベレスティールって国のお姫さまだったらしい」
人間族。ヴィオラと同じだな。
「確か、かなり昔に亡くなられたって」
「今から百年前くらいか。バス王さまとご結婚されてから、そんなに経ってない頃に……」
バス王は、百歳以上なのか。
やっぱり天使族は長生きする種族なんだ。
「病気……だったの?」
「不慮の事故だった……と、そう聞いている」
「事故……。百年前……まさかね」
先程の資料によれば、百年前といえば、ちょうど七つの厄災が猛威を振っているときだ。
「邪推をしたくもなるだろう」
そんな僕の推測を見抜くように、ショナさんがそう言った。
「あ、いや、その……」
「ソプラティア王妃がお亡くなりになってから、天界城で厄災についての箝口令が敷かれたとも聞いているからな。その考えは強ち間違いではないかもしれない。ただ、あまり詮索はしないようにな……」
「はい……」
天界城の王妃さまは、七つの厄災のいずれかに巻き込まれて亡くなったのかもしれない。
それを悲しんだバス王が、口を閉ざすように厳命した――有り得ない話ではない。
「ソプラティア王妃が亡くなってから一度も新しい王妃を迎えていないあたり、バス王さまにとっては、よっぽどのことだったんだろうな」
「バス王……」
恋多きゼウス神の印象に引っ張られてのことだとは思うけれど、好色そうに見えて、意外に一途だったバス王の一面に、僕は名状しがたい切なさを覚えた。
「まぁまぁ、スロー。そんなに暗くなるな! ……そうだ、お前にここだけの話をしてやろう!」
「ここだけの話?」
「バス王さまの恋愛話だ!」
「えっ!?」
先程とは一転して、フフフという心の声が聞こえてきそうなショナさんの砕けた態度に、僕は少し驚かされた。
案外ショナさんは、恋バナの類が好きなのかもしれない。
「実は、若い頃のバス王さま。魔法で人間に化けて、ソプラティア王妃に会いに行っていたそうだよ。天界城を抜け出して、なんとエベレスティールまで! 熱愛だなぁ、まさに……」
「いや、バイタリティが凄いなぁ……」
「しかも、ソプラティア王妃には、顔がそっくりの双子の妹がいたらしくて、バス王さまは、二人とも天界城に迎えられないか大騒ぎしたこともあるんだそうだ。昔の話だけどな」
「いや、バイタリティが凄いな」
「結局、妹の方は、ソプラティア王妃よりも先に、どこかの国の王子に嫁いでしまったらしいんだが。バス王さまは、妹のことも忘れられなくて、ずっと天界から魔法でその国を監視していたそうだよ」
「いや、バイタリティが凄いなっ!」
若きバス王の漲る活力よ!
魔法の使い方が酷い!
そして、ちょっと怖い!
そうこうしている内に、見覚えのある廊下だった。
気が付けば、僕の部屋の近くまで来ていた。
「スローは、今、クラリィと一緒の部屋なんだってな」
「うん。もう一日中、休みなく監視されてるよ」
「ははーん。クラリィは、まるで若い頃のバス王さまだな」
ショナさんが、生暖かい目で僕を見ている。
これはきっと、僕の精神を揺さぶっているのだろう。
「普通の監視だよ、普通の! 健全なやつ!」
僕がそう弁解すると――
「エロスだ……」
ショナさんは、いつか聞いたバス王の声真似をして、僕を揶揄った。
その完成度は頗る低い。
僕は更なる弁解を加えようとも思ったが、楽しそうなショナさんの表情を見て、どうにもキリが無さそうだと判断し。
「ショナさん、もう勘弁して下さいっ!」
と、自室への省エネ的逃走を決めるのであった。
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次話、『第31話 怠惰の悪魔』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。
お楽しみいただけたら幸いに存じます。




