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第29話 七つの厄災と元英雄たち

 

 それは、僕が天界城に来てからちょうど一ヶ月くらいが経とうとする頃の、夜の出来事だった。


「天界に攻め入って、敵わないと知ると、今度は使者を送り付けてくるとはな……」


 テーブルの向こう側で、白いローブ姿の姫騎士ショナさんが嘆いている。


 今は勤務時間外なのだろう。ショナさんがいつも着ていた黄色の鎧や大剣は、どこにも見られない。


「それで、今日僕が呼ばれたのは、その使者と関係があることなの?」


 天界城の外は、もう真っ暗。


 小さな会議室で、僕とショナさん二人だけの密会。


 クラリィは、僕の部屋でお留守番である。


 バス王もいない……というかバス王は、この小さな部屋に入れそうもない。


 いや、しかし。バス王の、あの異常なる巨大さよ……。


 一体、何を食べたらあそこまでスクスク健やかに育つのだろうか。


 ……。


 ムミの実だろうか。


 そんな冗談も交わせないくらい難しい顔をしながら、僕たち二人は向かい合って座っている。


 シンプルな木製のテーブルの上には、いくつかの資料が広げられている。


 どうやら、これらは人間族の使者が用意してきたものらしい。


「そうだ。スローには、今地上で何が起こっているのか、ちゃんと知ってもらっていた方がいいと思ってな」

「どうして僕が?」

「どうしてって、そりゃあ、スローはこの天界城の大事な()()の一つだからな」

「せっ、戦力!?」

「そうだぞ? バス王さまにも一目置かれている!」

「えぇ……」


 僕みたいなナマケモノを捕まえて()()とは、天界城はかなりのチャレンジャーだな……。


 僕は、そんなことを思いながら――


「確か、人間が天界に攻めてくるのは、軍拡のため、って話だよね? なんか地上でイザコザが起こってて、それで兵力が足りてないとか……」

「あぁ。そのイザコザが、現在分かっている範囲で、ここにある資料に記されている」


 ショナさんに促されるようにして、僕は資料の束を一つ手に取った。


 そこには、『色欲(ラスト)壊し(ブレイカー)』と書かれていた。


「かなり物騒な名前だね……」

「ここにある資料のほとんどが、その元英雄(フォーマー)たちの凄惨(せいさん)な現状を示している」

元英雄(フォーマー)?」

「そうか。スローには、七つの厄災から教えないといけないんだったな」


 そこからしばらく、僕はショナさんから七つの厄災のことを教わった。


 七つの厄災。それは、今から百年程前、同時多発的に引き起こされた七つの大事件。


 シンクロニシティとでもいうのだろうか、それらは全くの偶然の産物で、「封印を解かれた悪魔」だったり、「哀れな人間の成れの果て」だったり、「魔道具の暴走」だったり、それぞれに連続性のない独立したものだったのだそうだ。


 それらによって地上は大いに荒らされ、酷いところでは、滅びる国や地図から消える陸地などもあったそうだ。


 地上に住まう者たちは、それらの厄災に畏怖の念を込めて――


傲慢(プライド)』『憤怒(ラース)』『嫉妬(エンヴィー)』『怠惰(スロース)』『強欲(グリード)』『暴食(グラトニー)』『色欲(ラスト)


 そう名付けた。


 しかし――


「この百年の間で、七つの厄災は、ほぼ鎮静化に成功したと言っていい」

「あれ、そうなの? 英雄たちのおかげ?」

「そうだ。七つの厄災の持つ常軌を逸した力。それに対抗できる能力を持った英雄たちが世界各国から集められ、厄災を打ち払ったんだ」

「それは凄いなぁ。けど、元ってことは……」

「……地上に平和がやってきた後、理由は様々らしいんだが、しばらくして、その英雄たちが暴走し始めたんだ」


 今度は、それを食い止めるために、天界の援助が必要なくらいの兵力が必要になったということか。


「この『色欲(ラスト)壊し(ブレイカー)』っていうのも、その元英雄(フォーマー)の一人なんだね」


 と、僕は、手にした資料を眺めながら言った。


「そいつは、ここ数年の間に暴走が確認された元英雄(フォーマー)なんだが、まぁ哀れなやつだよ……」


 ショナさんの呟きを聞いて、僕は資料の一枚目を(めく)った。


 周囲の生物を強制的に発情させるという魔道具が、ある魔法国家の実験中に突然暴走し、その効果範囲が、その魔法国家を中心として、国境や山河を越え、少しずつ拡がっていくという――


 厄災『色欲(ラスト)』。


 それを破壊するために名乗りを上げた一人の天才魔道具使いの男が、現在でも医療先進国であるアスクレールという国で脳外科手術を行い、直接を性欲感じる部分を……


「酷い話ですね」


 僕は、資料から目を離した。


「酷い話だよ、全く。その英雄のおかげで魔道具の破壊には成功したが、脳の手術は不可逆のものだったらしいからね」

「ひぇぇ……」

「しかも、肉体の衰えを恐れて身体中に魔道具を埋め込んでいたら、今度は彼自身も暴走してしまったらしく、最近になって色欲を感じさせるようなところ――夜の歓楽街や魔物の繁殖地などを、魔道具を使って破壊して回っているそうだよ」

「百年前ってことは、もうお爺ちゃんのはずだよね? 野放しにされてるの?」

「あぁ。魔道具のおかげで若い姿のまま、一般人に(まぎ)れて、ただの魔道具使いとして世界中を流浪しているそうだ」

「なるほど」

「それで、人間の使者が言うには、この『色欲(ラスト)壊し(ブレイカー)』を含む、元英雄(フォーマー)たちが天界を襲いに来る可能性は充分考えられる、と……」


 そう言って、天界も地上に兵力を()け、と圧力をかけてきたのか。


「参ったよ……」


 そう言って、ショナさんは深く慨嘆(がいたん)した。


「まぁ、スロー。部屋でじっくり読んでみてくれ」


 元気が無いショナさんから資料を預かり、僕はこの小さな会議室を出ることになった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


読者のみなさまに、お気に入りいただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第30話 バイタリティの化身』は、明日の午後、夕方頃の投稿となります。


バス王のヤバい過去が暴露されるお話です。


これからも、ゆるゆる異世界コメディーをお楽しみいただけたら幸いに存じます。

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