第27話 ミドリの正体
結果として、僕の試みは成功したのである。
人面のような不気味な隷属魔法は、ミドリの身体から綺麗さっぱり消え去った。
これでミドリは、これ以降、術者の命令の影響を受けずに済む。
めでたし、めでたしである。
しかし、僕たちには、いくつかの誤算があった。
一つ目の誤算。
それは、ミドリが飛竜の餌を一切食べないことである。
これは、僕が乾燥肉の味を覚えさせてしまったから、ということも関係しているのかもしれない。
肉ばかり食べるので、天界城ではミドリの食費が著しいことになっているらしいが、まぁ、仕方がない。
しかし、二つ目の誤算。
これは、しばらく経過した後で判明した事実なのだが。
ミドリは、そもそも飛竜“ワイバーン”ではなかった。
……は? である。
減量期間中の格闘家も真っ青の食事制限。
修行僧も裸足で逃げ出す断食。
ナマケモノも永眠してしまう程の絶食。
これらは、全てミドリが飛竜でなかったことに由来している。
ミドリは、緑竜。別名、グリーンドラゴン。
人里から離れた深い森の奥の水辺に生息していて、正確は温厚。
ただし、肉食。
いくら栄養が豊富だろうと、ムミの実など、決して口にしたりはしない。
飛竜のような翼を持っており、濃度こそ異なるが表皮も同系色の薄緑色なので、幼体の頃はよく間違われるそうだ。
人間を乗せて天界まで攻めて来られたのは、まだミドリが幼体で痩身だったからだろう。
ただ、緑竜は成体になると肥大化するので飛ばなくなる。
そんな、大食漢の緑竜、ミドリ。
彼女は、天界城のおもてなし――肉・肉・肉のフルコースを受け、あっという間にワニのような四足歩行の姿になってしまった。
こうなってしまえば、もう飛竜とは見間違えられることはない。
そもそも、飛竜ならば、前肢が大きな翼と一体化していないといけない。
僕たちが、初めて会った日から数日経った今日。
のしのしと、ぽってりした身体を揺らしながら、楽しそうに、天界城の広い庭園を四足で闊歩している。
すっかり健康体のミドリである。
特に暴れたりしないので、ミドリは鎖に繋がれていない。
そして現在、鱗が滑らかなその背中には、僕が横たわっている。
「いいなぁ……。ボクも乗ってみたいなぁ……」
「私も乗せてもらいたい……」
庭園のベンチに腰掛け、クラリィとヴィオラが羨望の眼差しで僕を見ている。
ハハハ、羨ましかろう!
ただ乗り心地は、良くない!
……いや、はっきり言って、悪い!
しかも、このミドリ。
僕の言うことを聞かない!
「ミドリ? そろそろお散歩終わりにしない? おーい、ミドリさーん。おーい!」
もう一度言う! 僕の言うことを聞かないのである!
ミドリを庭園で散歩させているとき、ほんの出来心で背中に乗ってみたのが運の尽きとなってしまった。
一見すると、これは穏やかな昼下がりのワンシーンに見えるかもしれない。
しかし、実際は違う!
僕は今、腕の筋肉をプルプルと震わせながら――
ミドリの右翼と左翼の付け根を握っている!
それも、結構な力で!
お散歩が大好きで、上機嫌なミドリ。
ただ歩いているだけとはいえ、そこそこの速度と、そこそこの高さを保っている。
今この上から飛び降りれば、恐らく僕は、そこそこの怪我をすることになるだろう。
なので、そこそこ怖くて……。
絶対に降りられない!!
「ミドリ、止まって! おーい、ミドリさーん!」
「ミドリ、そろそろ帰っておいで~」
僕が泣きそうになりながら切願しているところに、コルネットさんがやってきた。
今日のコルネットさんは、艶やかな藍色の髪の毛をポニーテールにしている。
素朴な作業着の内側から透けて見える曲線美。
歳は僕とそう変わらないはずなのに、やはり大人の色気が漂っている。
「クロロロン!」
と、元気よく返事をして、急遽方向転換をするミドリ。
彼女は一目散にコルネットさんの元へと駆け出した。
そのスピードは、どんどん上がっていく。
「ちょっ、ちょっと、ミドリ? このまま真っ直ぐ行くと、コルネットさんにぶつかっちゃいますよ? ねぇ、ミドリ? ミドリ先輩? ミドリの姉御ーー!!」
「あらあら、甘えん坊さん」
ぶつかるっ!!
僕が目をつぶった瞬間――
硬い壁にぶつかったような衝撃。
僕は、慣性の法則に盲従して、なすすべなく離陸。
そのまま美しい放物線を描いて、軽々とミドリの頭上を飛び越えた。
人は死を意識すると、どこまでも冷静になれる。
どこかで、そう聞いたことがある。
僕は、冴え切った頭で、自分の人生の走馬灯を眺めるも……。
そこに映るのは、ぐうたらしているナマケモノの自分ばかりで何も発見が無く……。
今、自分の身に何が起こっているのか判然としない状態のまま……。
庭園の植え込み――ふわふわでモコモコとした白い綿毛の中に不時着した。
ふと我に返り、綿毛の束を掻き分け、ぶつかった方向を見ると――
「いい子いい子」
そこには、優しい笑みを浮かべたコルネットさんの姿。
彼女は、一歩も退くことなく、ミドリの鼻先を押さえつけていた。
片手で。
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次話、『第28話 ふわふわモコモコ』は、明日の朝、午前中の投稿となります。
お楽しみいただけたら幸いに存じます。




