第23話 変な人間が、変な人間について考える夜
カーテンの閉じられた窓から、涼しい夜風が入ってくる。
少し抑えられた部屋の照明も、落ち着いた空腹感も、天界特有の夜の静けさも。
僕の睡眠欲をくすぐるには充分すぎる力を持っていた。
あの地下牢でのショッキングピンクな一件の後。
僕たちは、興奮するピクリンさんから、飛竜に関する情報を教えてもらい、心の準備も含め、明日からの飛竜に対する接し方について考えていたら、あっという間に、一日が過ぎてしまったのだった。
クラリィは、もう当然のように、僕の部屋(そう言い切ってしまうことにした)で寝ることにしたらしく、向こうに置かれた自分のベッドの上で、今日一日の活動日誌をしたためている。
寝るときは別々のベッド、というのは、彼女なりの拘りなのだろうか。
それとも何か別の考えがあってのことなのだろうか。
まぁ、なんにせよ。
明日の朝は、今朝のように、目覚めたときに驚かないようにしたい。
「明日、飛竜に会うの、ドキドキだね!」
クラリィが、パタンと日誌を閉じて、そう言った。
「そうだねぇ、ようやく異世界って感じがするよ」
飛竜……。
僕がこちらの世界に呼ばれて十数日。
天使の羽以外の露骨なファンタジー要素が、ついにやってくるのだ。
「ぼーっとしてて、僕、手とか噛まれないようにしないと」
「飼育小屋でお世話してる飛竜は比較的大人しい種類みたいだから、大丈夫だって、きっと!」
クラリィは、まるで動物園に行く前日の子供のように、すっかり上機嫌。
「飛竜の面倒をみなきゃいけないって話だけど、一応、小屋番の天使さんはいるんだよね?」
「そうみたいだね。ボクたちがやらないといけないのは、餌やりと、身体を動かすために散歩……くらいだと思うけど」
全てを任されるわけではなさそうで、ちょっと安心。
しかし、その餌やりと散歩も、僕にとっては一大事である。
何故なら、相手は、犬や猫ではなく、飛竜なのだ。
火こそ吹かないものの、体格や牙爪の鋭さは、それこそ犬や猫の比ではないらしいから。
「まだ実物の飛竜を見たわけじゃないけど、よく地上の人たちは、飛竜を飼おうと思ったよね」
「隷属魔法だろ? ボク、なんだか余計に人間が怖くなっちゃった」
隷属魔法。
それは、かけた対象の生き物を従える魔法。
魔法に対する抵抗力が育ってしまう前に、卵や幼少の飛竜を誘拐し、隷属魔法で人間に従わせるのだそうだ。
「ピクリンさんが従えてる飛竜じゃないみたいだから、結局は僕たちが上手くやるしかなさそうだね」
「うん……」
クラリィが、暗い表情で俯いた。
やはり人間に対するトラウマは、そう簡単には消えないんだろう。
「隷属かぁー……。人間の考えることは分からんな。全く分からん!」
と、僕が空惚けると――
「ふふっ、スローも人間だろう?」と、クラリィが少しだけ笑った。
「けどさ、ピクリンとかいう人間。あいつ、だいぶ変なやつだったね!」
ベッドの端に座っていたクラリィは、足をぶらつかせながら、そう言った。
「そうだねぇ……。まぁ、あれはきっと、ピクリンさんなりの自衛なんだろうなぁ……」
「自衛? 自衛って、尋問されるときに、乱暴されないようにってこと?」
「うーん、それもあるけど。情報をホイホイ漏らしていれば、本当に重要度の高い機密情報を聞かれたとき、知らない振りで誤魔化せる可能性が高くなるでしょ?」
むむむ……、と沈思黙考するクラリィ。
そして、「そこまで、考えてるかなぁ?」と、一笑に付した。
「う~ん。かなり変な人だったもんね」
「変だよ、変。スローと同じくらい変」
「え~? 僕は、自称・自堕落なだけで、やるときはやる男だよ?」
「どうだか!」
「そんなぁー……」
そう言って、僕はモフリとベッドの上に倒れこんだ。
僕の堕落のスキルに、一瞬、尻込みをしたピクリンさん。
その恐れというか、迷いというか。
まぁ、それがなんであれ、彼女の国に対する忠誠心は、きっと本物なのだろう。
僕は、そんなことを考えながら、どこまでも身体がふかふかのベッドに沈み込む感覚を確かめていた。
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次話、『第24話 そんな一日の始まり』は、明日の朝、午前中の投稿となります。
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