第21話 乗竜階級の騎族
こちら側と鉄格子で明確に区切られた牢屋が、いくつも奥に続いている。
「おぉ! よく来てくれた!」
肌寒く、湿気た地下牢に、牢獄長バリトンの雄々しい声が反響した。
「バリトンさん! 連れてきたよ~!」
ヴィオラが、敬礼ポーズをとりながら、なんとなく馴れ馴れしい感じで、そう言った。
彼女は、この天界において、かなり顔が広い部類に入る気がする。
会う天使、会う天使、みんなと仲が良いように見える。
抜群のコミュ力。あとで処世術を教えてもらおうかな……。
「お前さんが、スローか! 今日はちょっと、ある捕虜と話をして欲しくて来てもらったんだ!」
バス王ほど低いわけではないが、この牢獄長も、それなりのいい声である。
文字通り、バリトンボイスといったところか。
大きく胸を張っている彼は、大柄の男天使で筋骨隆々としている。
「ほっ、捕虜?」
と、僕は一瞬、バリトンさんの気迫に圧倒されそうになる。
「あぁ。この前の敵襲で人間たちを追っ払ったときに、一人だけ逃げそびれた奴でな。それで聞くところによると、そいつは飛竜の扱いに詳しいみたいなんだ」
「なるほど、よかった」
「よかった? 何がだ?」
「いや、こっちの話」
でも、本当によかった。
今朝のクラリィとの添い寝の一件が、天界にある何かしらの法律に抵触したのではないのかと、僕は、この地下牢までヴィオラに引率されている間、ずっと気が気ではなかったから。
「一番奥の牢にいるから、早速会ってくれ」
「オッケー」
と言いつつ、僕は振り返り、すぐ後ろで僕を見張っているクラリィの様子を窺った。
「どうしたのスロー。行こ?」と、クラリィが首を傾げる。
彼女は、色々あったみたいで、人間族が得意ではない。
だが、これから会う捕虜は、恐らく人間族だろう。
吹っ切れたのか、それともまたいつかみたいに我慢しているだけなのか。
僕がちゃんと注意しておかないと。
石造りの固い床に、カツカツと僕たちの足音が弾む。
細長く、奥に伸びている地下牢の中には、まだ一人も囚人が見えない。
「天界で悪さをすると、堕天つって、すぐ地上に追い出されちまうから、牢屋を使う機会は、あんまりねぇんだ」
バリトンさんは、まるで僕の心の中を見透かしたかのように、そう言った。
そして、ついに一番奥の牢――
「こいつだ」
「おっ、おっ、お前たち! まっ、また、私から王国の情報を聞き出そうとしているのか!」
そこには、質素な白いローブに身を包んだ女捕虜が、簡易ベッドの上に座っていた。
薄いピンク色の髪の毛が、肩のあたりで少し内向きにカールしている。
強気な発言の割には、気の弱そうな目。ちょこんと小振りな鼻。
年齢は、僕より少し上の二十歳前後だろうか。
身長は、座っているせいでよく分からないが、僕より大きく見える。
そして、何より。
ローブの上からでも分かる、小さな子どもには教育上よろしくない体つき。
これはもう、特筆すべき点だと断言してしまっていい。
“ナイスなバディには逆らわない方がいい“、という僕の人生哲学。
それが、すでにウォーミングアップを始めている。
人生哲学が、ジョギングに、縄跳びに、反復横跳びである。
もう自分でも何を言っているのか分からない。
「こいつは、ピクリン。かなり変なやつだから、覚悟しといてくれ」と、バリトンさんの忠告が入る。
かなり変なやつと言われたピクリンさんは、何故か少し頬が上気しており、息遣いも、こころなしか荒い。
まさか、この状況に興奮しているのだろうか。
「やぁ、僕はスロー。ピクリンさんと同じ、人間族だよ」
「にっ、人間族? ……お前もそうなのか。私はピクリン。アセトニド王国の乗竜階級の騎族に所属している!」
「上流階級の貴族?」
「そう、乗竜階級の騎族!」
「お金持ちなの?」
「ん? 私は金なんて持ってないぞ?」
「ん?」
「ん?」
困惑した表情で、互いに見つめ合う僕とピクリンさん。
「あぁ、こいつは、竜に乗る騎士って書いて乗竜階級の騎族なんだ」
「へぇ。なるほど、そうなんだね」
バリトンさんの情報がないと、端から会話が成立しないところだった。
すると――
「かっ、金は持ってないが、情報なら持ってるぞ!」
薄暗く、閉塞感のある地下牢に、ハァハァと煽情的なピクリンさんの吐息が響く。
いや、なんで、ここで興奮するんだ?
「ピクリンさん、なんか、めちゃくちゃ興奮してるみたいなんだけど。……被虐体質でも持ってるの?」と、僕は、バリトンさんに尋ねた。
「いやぁ、こいつは、被虐体質ってわけじゃねぇんだが……」
牢獄長は、目頭を指で押さえながら首を横に振り――
「とにかく変なやつなんだ……」
呆れ果てたような声で、そう言った。
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次話、『第22話 敬愛すべき霊峰』は、本日の夕方頃の投稿となります。
お楽しみいただけたら幸いに存じます。