第20話 一定の速度で動く点P
目を覚ますと違和感があった。
身体に何かが触れている感覚。
ちょうど人肌くらいの温もりがあるような……。
僕が、ふと隣を見ると――
僕の腕の中で熟睡しているクラリィがいた。
無防備な寝顔。
やわらかそうなほっぺた。
繰り返される彼女の静かな寝息とは対照的に、僕は頭の中は一瞬にして大騒ぎ。
たちまち大パニックになった。
え? え? ここって、僕のベッドだよな?
落ち着け。あ、あれだ。
こ、こういう場合、素数を数えればいいんだ。知ってるぞ。
1、2、3、5、7、11……。
あれ? 1って素数に入るんだっけ?
あ、いい感じに眠くなってきたかも……。
ダメだ、考えろ! 働け、マイブレイン!
あ~、二度寝したいんじゃぁ~。
頑張れ! 頭を働かせ、そして考えろ!
よし、問題……。
スローくんは、一足先にA地点で就寝しました。
クラリィさんは、その数分後、数メートル離れたB地点で就寝しました。
このとき、クラリィさんが、A地点でスローくんに追いつくのは何分後か。
理由も加えて答えなさい。
よっしゃ、解くぞ!
ええっと、まず等速直線運動で移動するものと仮定して……。
クラリィは、一定の速度で動く点Pだから……。
え? 空気抵抗や摩擦は、この際、考慮しないものとするの?
ベクトルと位置エネルギーが重要となってくるか……。
いや、分からん! この設問は、配点によっては「捨て」だ!
普段からナマケモノ仕様の頭では、焦るにしても、どうにもこうにも要領の得ない、僕の脳内であった。
「ヤバいぞ……。こんなところ、ヴィオラに見られたら……」
「ん? 私がどうかした?」
「えっ?」
ベッドのずぐ脇にある丸椅子に、ヴィオラが座っていた。
あれ?
ノック音どころか、もはや扉のガチャ音すら聞こえなかったけど?
最近のヴィオラは、サイレンサー付きなの?
「あのね、ヴィオラ。これはね、誤解しないで聞いて欲しいんだけどね?」
「二人って、髪の毛の色が一緒だから、兄妹みたいだよね~」
……ダメだ。聞いちゃいない。
「むにゃ」
クラリィが目を覚ました。
「あー、ヴィオラ。おはよう」
クラリィは、まるでこの状況が当然かのように、いつもと変わらないテンションで、ヴィオラに挨拶をした。
「おはよう、クラリィ! 今ね、クラリィとスローは兄妹みたいだね、って話をしてたの」
「え~。だったら、ボク。もっとしっかりしたお兄ちゃんが欲しいなぁ」
それは、ごもっともな意見。
僕がクラリィだったとしても同じことを思うだろう。
というか、現状に疑問をもっているのは、僕だけなのか?
見方によれば、うっかり刑罰法規が発動されかねないくらい犯罪的な添い寝だけど?
まぁ、特に問題が無いみたいだから……。
僕は、欠伸を噛み殺して、こっそり二度寝の準備を……。
「あ、スロー! 寝ちゃダメ!」
ヴィオラが、再び目を伏せた僕を、掛け布団の上から高速でツンツンとつつく。
「あと、5分、7分、11分、13分……」
その指の乱れ突きに合わせて、猶予期間を延ばしていく僕。
「スロー、起きて! 今から牢屋に行かないといけないんだから!」
「えっ!? 牢屋!?」
やっぱり逮捕される感じ!?
その瞬間、完全に覚醒した僕の脳内。
素数のことなんて、どこかへ吹き飛んでしまった。
それと同時に、かつてバス王の言った――
「……エロスだ」
という重い響きが、僕の脳内にフラッシュバックした。
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次話、『第21話 乗竜階級の騎族』は、今日のお昼過ぎの投稿となります。
お楽しみいただけたら幸いに存じます。