第1話 テンプレ的異世界転生のすすめ
部屋のベッドではない。
硬い床に仰向けである。
後頭部がひんやりとしていて、気持ちがいい。
辺りは暗闇に包まれている。
視界に入ってくる光は、天にきらめく無数の星々だけで――
「星々?」
僕は、まるでナマケモノのような動作で、ゆったりと上半身を起こした。
「あら、起きた?」
急に光源が強くなったかと思うと、僕の目の前に一人の女性が立っていた。
ドレープが美しい白いドレスと、背中から生えた白い羽。
切れ長の目は、少し高圧的に見える。年齢は、三十路くらいだろうか。
キューティクルが艶々としている金髪。
その上には、天使の輪が……いや、これは無いみたいだ。
ただ、どう見ても天使。
「あぁ、これって異世界に転生するやつだ」
すると、僕の呟きを聞いた、その女性が――
「あなた、なんでそんなに落ち着いていられるの?」と、目を丸くした。
いや、なんでと言われましても……。
「僕、鋼鉄のメンタルだから」
しかし、僕の答えに納得がいかないのか、天使らしき女性は、得体の知れないものを見るような目で僕を見つめている。
失礼な話である。
「まぁいいわ……。あなた、少し前に死んじゃったの。それは分かる?」
「うん。ぼんやりと死んだ記憶あるかも」
「めっちゃ冷静……」
「天使さんって、転生を司ってて、物凄いスキルをくれる人でしょ?」
「えっ、待って。物分かりが良すぎない!?」
リアクションが達者……というか、少し大袈裟な天使さん。
彼女は両手で一本の長い杖を持っている。豪華な金色のやつだ。
「私は、女神マリア。あなたの言う通り、異世界転生を司ってて、物凄いスキルをあげるのが仕事」
天使じゃなかった。女神は、天使の上司みたいなものかな?
女神でマリアなんてベタな、と一瞬思ったけど、敢えて僕はそれを声にしなかった。
僕が死ぬ前の世界にしてみれば、もはやこの展開こそ、まさにベタそのものだったから。
「僕みたいに転生とか転移とかしてくる人って多いの?」
「全ッ然! 暇よ、暇!」
「そうなんだ……」
「そうねぇ。百年ぶりくらいじゃないかしら? この世界は閉鎖的だから、別の世界から新しい魂が入ってくることは稀なのよ」
暇、と力強く断言した後、遠い目をして記憶を呼び覚ましているマリアさん。
推定年齢、百歳以上。
天使族は、見た目と違って、きっと長生きなんだろう。
そして、きっと彼女は、かなり位の高い女神に違いない。
そんなマリアさんは、規格外に豊かな胸の前でギュッと腕を組み、僕に向かって、ちょっぴり困惑した表情を見せている。
ここで、少し話が脱線するが。
“ナイスなバディには逆らわない方がいい。”
これは生前の16年間で、僕が学んだ唯一の哲学だ。
すでに僕の打算的な脳からは、マリアさんには逆らうなとの指令がビンビン出ている。
「そういや、僕ってなんで死んじゃったの? 感覚的に交通事故じゃないし……。たぶん、ずっと自堕落な生活をしてたと思うんだけど……。もしかして何もかも面倒臭くなって、呼吸を止めちゃったとか?」
「何を言っているの? 面倒だからって、呼吸を止められるわけないでしょう?」
「ハハハ、まぁ、確かに」
「心臓を止めちゃったのよ」
「馬鹿な!」
僕の不随意筋、ちゃんと仕事しろ!
あまりの衝撃の事実っぷりに僕が動揺していると、マリアさんがクスクス笑い始めた。
「嘘よ、嘘。はぁ、やっとあなたの人間らしい一面が見られたわ。満足。さて、これからあなたを異世界に転生させますけど、どんなスキルを持って行きたい?」
さてもくそもないし、僕の死因は依然として謎のままである。
そんな僕の不満気な様子とは裏腹に、マリアさんは満足気に杖の装飾を撫でている。
「あっ! ただスキルっていうのは、本人に内在している力をブーストして授けるものだから、元からゼロな能力は無理だからね?」
と、彼女は思い出したかのように条件を付け加えた。
僕に内在している力か……。
落ち着こう。きっとここが一番大切なところだ。
落ち着こう。そして考えよう。
女神さまから物凄いスキルをいただいた後、向こうの世界でナマケモノのようにのんびりと暮らすのだ。
ビバ! スローライフ!
「言語スキル的なのは、サービスでもらえるの?」
「そうね、サービスしてあげるわ」
ふむ……。
それでは僕に秘められている力とはなんぞや。
鋼鉄のメンタル……。怠け癖……。
だら~っと過ごす力……。
いや、これは流石に抽象的すぎるか?
「それじゃあ、う~ん……。なんか向こうの世界でも、だら~っと……」
「えっ、何? 堕落?」
その瞬間――
真っ暗だった世界が、真っ赤に染まった。
「敵襲!? こんなときに!!」
突如、焦り出したマリアさん。
彼女はすでに僕から視線を外し、暗黒の世界だったときには見えなかった黒い扉を注視している。
照明が赤くなって分かったが、どうやらここは、そこまで広くない部屋だったらしい。
ビービーと、不安を煽るような電子的なサイレンが響いている。
女神とか天使の世界だったら、もっとこう。
角笛の音色とかが流れないものかね。心から癒される系の。
「あの……すいません。なんだかヤバそうな雰囲気のときに、頗る恐縮なのですが……」
「何っ!?」
「スキルです、スキル。あの、僕、だら~っと……」
「はいはい、分かった! 堕落のスキルね!」
勢いよく杖が振りかざされる。
すると、その先端にはめ込まれている水晶が輝き――
力が抜けるような。それと同時に、力が吹き込まれるような。
今までに感じたことのない不思議な感覚が、僕の身体に生じた。
「それじゃあ、今からあなたのスキルを最大限に活用できる世界に転生させてあげるから! じっとしてて!」
おいおい。大丈夫なのか、全く。
第一、じっとしてて、と怒鳴られましても。
僕はまだ、上半身を起こしたままの状態で一歩も動いていない。
ただ……。
だら~っと、と、堕落。
そんなに意味は違ってないか……。
訂正するのも面倒だし。
なんだか敵襲とか、穏やかではないし。
もう、この際なんだっていいし。
さっさと異世界に飛ばして欲しい、と僕は思った。
「はい、行ってらっしゃい!」
マリアさんが冷徹に言い放ち、杖を地面に突き立てた。
カツンという乾いた音が、けたたましい機械音に掻き消される。
僕の身体が熱くなり、上半身を起こしたままの状態で、ふわりと宙に浮かび始めた。
わぁ、これが転生!
僕は、まるで頂上に差し掛かったジェットコースターに乗っている気分で、マリアさんを見た。
しかし、彼女は、それこそ落下するジェットコースターのような勢いで、部屋から飛び出していくところだった。
待て待て。流れ作業でも、もっと愛があるぞ。
百年ぶりの転生なんだから――
「もう少し愛を……」
と、口に出したところで、フッと落下する感覚が僕の身体に生じ。
続いて訪れた強烈な尾骶骨の痛みと共に。
僕の意識は消えた。
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お楽しみいただけていたら嬉しいです!
これからも異世界コメディーの本作をよろしくお願い致します。
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