第190話 表現に穏当を欠く刑罰
自分の名誉のため敢えて名状することを避けるが、触手に詰まった状態で床に転がっていた極悪人――エミール司祭に対する、圧倒的なまでの僕のジャスティス・ハラスメントからややありて。
地下深くからの脱出に成功し、ここはフィルシュ教の神殿の跡地。
もはや立派だった頃の面影はなく、建造物は完全に倒壊しており、辺りは瓦礫の海。全く原型を留めていない。
美しい星空の下である。
儀式の間でエミール司祭に死の呪いを放たれたり、元魔王プィルプィが復活したりと地下でなんだかんだ色々あった間にすっかり夜になってしまっていた。
「……ってな感じで、プィルプィは復活しちゃったけど、僕のスキルでまた長い眠りについたから大丈夫だよ。本人曰く、あと数百年くらいは自主的に封印されてるつもりらしいし」
「はぁー……。アタシが大人しく地下牢に繋がれていた間にそんなことがあったとはなぁ……」
僕の説明を聞いて驚きの溜め息を吐いているのは、聖職者の装束に身を包み、清楚さをこれでもかと発露させている黒髪の乙女。
そう。地下牢の中から叫び声を上げ散らかしていた彼女――
「大人しく?」
「おぉん?」
「いっ、いえ、なんでもないです!!」
大人しく、誰が見ても大人しく、囚われていた聖女サクラさんである。
僕たちがサクラさんの救出に向かったとき、彼女は楚々とした様子で鉄格子を両の手で握り、聖女らしく清らかな声で外に向かって吠えていた。それはもう全力で。
耳から涙が出るかと思うくらい――いや、本当に、もう耳が鍛えられすぎて鼓膜にシックスパックができそうな程だったそのクソデカ怒号ボイスは、主に放送することを禁じられるレベルのFワードが混じるものだった。
……。
いや、待て。ほとんどFワードだったような……。
……。
いいや、むしろFワードのみだったか?
……。
Fワードの連呼だったぞ。
……。
これはもう完全に清楚と言えるだろう。うん、言っていい言っていい。言い切っていい。断言。断言します。
清楚、サクラさんは清楚と、まるで自分を洗脳するかのように、僕が強くそう自分に言い聞かせていると――
「わっ、私はこれからどうなるのでしょうか……?」
エミール司祭が、猥褻ピンクな色をした触手から頭だけをピョコンと突き出したまま、平らな瓦礫の上でまな板の鯉のようになりつつ、おずおずとそう言った。
これからどうなるか、か……。
これはかなりざっくりとした質問である。
ただ、その答えは単純明快。
「お前だけは、タダじゃ済まさん。〇ァッキンミンチの刑だ」
「ひいっ!! それだけは許して!!」
鋭い眼光のサクラさんに睨まれ、エミール司祭は縮み上がった。
まぁ、仕方ないだろう。あれだけの悪事をしでかしたんだ。
すでにエミール司祭は、サクラさんの居場所を吐かせるために、僕たちから一度ギュンギュンに問い詰められ、ギュンギュンに締め上げられているとはいえ、彼の行った数々の悪業に対する制裁はギュンギュンに重くて当然である。
僕はこの世界の法律に詳しいわけではないけれど、客観的に合理的な理由を欠かず、社会通念上相当であると認められるので、エミール司祭は絶対に〇ァッキンミンチの刑を免れられないと思うのだが……。
いや、〇ァッキンミンチの刑って何!?
僕は初めて耳にする得体の知れない刑罰の内容を想像して、戦慄が走るのを感じた。
表現に穏当を欠くその名前を聞く限り、恐らくは限りなく極刑に近いものなんだろう……。
怖い……。ただただ怖い……。
「スロー。いいよな? 〇ァッキンミンチの刑で」
「おっ、お任せします!!」
それについては肯否の判断を委ねます。
いや、しかし……。
「〇ァッキンミンチ……」
「なんだ? スローも刑の執行を手伝ってくれるのか?」
「えっ!?」
「なんだか、アタシと一緒にこいつを〇ァッキンミンチにしたそうな顔をしているように見えたが」
〇ァッキンミンチにしたそうな顔!?
今、僕、そんな具体性の高い顔をしていましたか!?
「いいいい、いや!! とととと、取り敢えず!! エミール司祭の今後については、全部サクラさんに任せることにするよ!!」
「そうか。任せろ。こいつはギュンギュンにミンチにしてやるからな。安心してくれ」
やっぱり怖い!!
僕は、サクラさんにエミール司祭の処罰を任せたものの……。
せめて内容と程度が適正な刑罰であれ……。
と、ブルブルと身を震わせながら、敵ながらエミール司祭の行く末に、同情の念を寄せることしかできなかった。
「なんなら刑の執行に立ち会うか? 時給も〇ァッキン発生するぞ?」
「へぇ~、執行に立ち会うだけで時給が出るんだ。珍しいね」
「あぁ、少々グロテスクな刑にはなるがな」
「今回は遠慮しておきます!!」
仮に時給が〇ァッキン発生するとしても、謹んでお断り申し上げさせてもらいます!!
なぜなら、代わりに一生忘れられない思い出ができてしまいそうなので!!
お金よりメンタルヘルスという考え。本当に大切にしていきたい。
すると、僕の隣で説明を聞いていたヴィオラが――
「私は立ち会ってみたいなぁ~。ハッキンミンチの刑って凄そうだし」
惜しい、ヴィオラ。ハッキンじゃなく、〇ァッキンだ。発音が少しだけ違う。
HじゃなくてFの発音だからね。間違ってはいけない。ちなみにそれは放送禁止用語だよ。
……って、そんなことはどうだっていい!!
「ヴィオラも今回は止めておこう。またの機会にしない?」
「え~、でも……。ハッキンミンチ、私、見てみたいなぁ……」
そんな澄んだ碧眼でおねだりをしてきてもダメです。
でも、まぁ……。
ヴィオラがそんなに見たいって言うのなら……。
仲良く一緒にメンタルを病ませるかい?
僕の本能的な決意をくすぐるヴィオラの最強の上目遣いに負け、僕が心の健康を諦めようとした、そのとき。
クラリィが小さな声で――
「今日はもう遅いし、明日からの旅の計画も立てなきゃいけないから止めとこうよ、ヴィオラ」
クラリィ!! ナイス、アシスト!!
「クラリィ、これはただのミンチじゃないんだよ? ハッキンミンチだよ? ……ダメ?」
「ダメ」
「ギュンギュンだよ? ギュンギュンのミンチなんだよ?」
「うん、ダメ」
「……分かった。……我慢する」
ヴィオラ。我慢できて偉い。
あと、ここで勘違いしてはいけないこと。
それはすなわち、僕がヴィオラに弱いのではなく、クラリィがヴィオラに強いということ。
そんな言い訳で自尊心を保ちながらホッと一安心をする、静かな聖都の夜なのであった。
読者のみなさま、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
続くお話は、2週間後の7月17日(土)に投稿する予定です。
もし気に入っていただけましたら、お付き合いの程よろしくお願い致します。




