第188話 転がるっ!!
ヴィオラたちの手によって破壊の限りを尽くされたフィルシュ教の神殿、その地下深く。
禍々しい雰囲気が醸しに醸し出されているせいで、逆に現実感がなくフワフワとした気分にさえなってくる儀式の間にて。
長い間封印されていた元魔王プィルプィが、ついに復活のときを迎えてしまった。
巨大な体躯を誇るプィルプィは、目を覚ました当初、だらしなく肥大したお腹を揺らしながら自分のことを怠惰だと宣っていた。
なので、僕はその見るからに油断を誘う、メタボリックで、くびれ知らずで、ほぼ爆発寸前の体型を信用して、すっかり彼のことを舐め切ってしまっていたのである。
しかし、実際は全く怠惰などではなかった。
ペラペラと雄弁な彼の身の上話を聞いてみると、なんのことはない。
彼は魔王中の魔王だった。
普通に世界征服を企んでいた。
とても怖い。
ちなみにプィルプィを復活させた張本人であるエミール司祭は、僕たちに嫌がらせをするだけして、あっという間にプィルプィの触手に丸呑みにされてしまった。
とても怖い。
そんな修羅場に残された僕たちは現在……。
「まっ、参りましたぁ……」
プィルプィをブッ倒していた。
ダイナミックに仰向けに横たわり伸びているプィルプィの前で、フフンと鼻高々に胸を張っているヴィオラ。
「参らせました!!」
彼女はまるで歴戦の勇者かの如く、威風堂々たる態度である。
……。
ただ、ここで問題なのは、僕たちは特に何かをしたわけではないということである。
それはほんの少しだけ前に遡る……。
「世界征服の第一歩目としてぇ、まずてめぇらを倒させてもらおうかぁ!!」
プィルプィの魔王然とした荒々しい声が轟くや否や。
「違うでしょ!!」
というヴィオラの反撃の声が返された。
「世界は征服するものじゃないでしょ!!」
「ちっ、違ったかぁ……?」
「うん。穏やかに治めるのが一番でしょ?」
いや、うん。
それは、僕もその通りだと思う。
すると、天界城の姫君のお叱りの声に若干気圧され気味だったプィルプィが、豪快に笑い出した。
「ぶっ、ぶはははは!! 太平の世なんて甘っちょろいことを!! そんな平和ボケ、俺が今ここで叩き直して……ぬぬっ!?」
僕たちの根性を矯正せんと、プィルプィがその短い足で一歩を踏み出した瞬間――
「ぐおおおおおおおお!!?? 転がるっ!!」
躓き、バランスを崩して、美しい前転を僕たちに披露してくれた。
「わわっ!」と、ヴィオラが驚きつつも軽やかなステップでプィルプィを回避した。
一方、それを少しだけ離れたところで見ていた僕はというと……。
「わぁ、これは見事な前転だなぁ」
「スロー!! ぼんやりしてる場合じゃないって!!」
「えっ?」
クラリィの声で我に返ったばかりであった。
ほとんど球体であるプィルプィの身体が、勢いのままに僕たちを押し潰そうと襲い来ている。
まだ半覚醒状態である僕の口からは、悲鳴は出てこず。
「やべすぎるですけども?」
なんともぼんやりとした呟きが漏れた。
目の前にクソデカ肉塊が迫っている。
轢かれるっ!?
……これは死?
「スローくん!! クラリィちゃん!!」
コルネットさんの声が聞こえたかと思うと、僕の視界が高速で変化した。
気が付くと、僕とクラリィはコルネットさんの小脇に抱えられていて、安全な場所へと運ばれていた。
「二人とも怪我はないですか?」
「ありがとう、コルネットさん……」
僕とクラリィの感謝の声が重なる。
あぁ……。うちのコルネットさんがずっと強いんじゃあ……。
ホッと安心したこともあり、しみじみとした所感が生まれた。
ほんと危ねすぎだったですけども……。
ズシンと足腰に響く振動の方に視線を向けると、仰向けの状態で運動が止まったプィルプィの身体があった。
あぁ……。今まで世界征服の第一歩目をここまで盛大に踏み外した魔王はいただろうか……。
いや、いない。
「まっ、参りましたぁ……」
「参らせました!!」
……ということなのであった。
そして、時が戻り――
「くそぉ、背中の触手さえ残っていれば、てめぇらなんてぇ……」
高い天井を仰ぎながら、プィルプィが細い声で負け惜しみの言葉を吐いている。
そんな肉の怪物を眺めながら――
「触手のない魔王なんて、ただの魔王だよね」
「はい、ただの魔王です」
クラリィとコルネットさんが、すっかり警戒を解いた表情で、そう言った。
まともなことを言っているようで、とんでもないことを言っている二人。
「ただの魔王」を前にして、警戒を解ける彼女たちのメンタルを見習いたい。
できることなら、天界城の精鋭、姫騎士団所属の彼女たちのフィジカルも見習いたい。
「おっ、起こしてくれぇ……」
「起こさない!」
「頼むぅ……」
「ダメです!」
「ぶえん……」
向こうでは、ヴィオラがプィルプィを叱りつけて、泣かしている。
「起こして欲しい? じゃあもう世界征服なんてしないって約束できる?」
待って、ヴィオラ。
ちょっと待って欲しい。落ち着こう、少し。
「分かったぁ、約束するぅ……」
「んっ。じゃあ、起こしてあげるね」
……。
長い長い沈黙の時間があった。
「どっ、どうやって起こそう……」
困り果てた顔で僕たちに意見を求めるヴィオラ。
いや、そんな緊急のミーティングを要されても困る。
たとえ約束されても、こんなボリューミーな肉の塊を起こすなんて無理な話なのである。
「ボクは無理かも……。攻撃魔法でズタズタにすることしかできなそう……」
「私も無理そうです……。プィルプィさんの身体が大きすぎて、私の攻撃が貫通しちゃいそうだから……」
「起してくれ」というオーダーに「攻撃」を提案してしまうあたり、クラリィとコルネットさんは完全に戦闘強者。
もしかすると天界に暮らしている天使族は、戦闘民族なのかもしれない。
「僕はそっと寄り添うしかできないと思う……」
非戦闘員の僕は、それくらいしかできないと思います……。
「私も寄り添うしかできないよ……」
同じく非戦闘員のヴィオラも僕に共感してくれた。
何者かの巨体を起こしたいとき、ズタズタにして、穴をあけて、そっと寄り添う二人が現れるのが僕たちのパーティーである。
いや、違う。まだ忘れてはいけない人がいるではないか。
……けど、どこ行ったんだ、あの子は。
「ぐおおおおおおおお!!?? 浮いてるぞぉ!!」
急にプィルプィの叫び声が儀式の間に反響した。
何事かと、僕がそちらを見ると――
「えへへ~。ワタシ、お肉におしつぶされちゃってたよ~!!」
満面の笑みを浮かべて、両腕でプィルプィの巨体を持ち上げているアマゾネス族の幼女。
レトがいた。
読者のみなさま、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
続くお話は、2週間後の6月19日(土)に投稿する予定です。
もし気に入っていただけましたら、お付き合いの程よろしくお願い致します。




