第18話 バス王の頼みごと
「目覚めたか、クラリィ……」
「はっ! この度は、ご心配をおかけ致しました!」
クラリィが、バス王に対して深々と頭を下げる。
謁見の間には、王座に腰掛け、厳しい表情のバス王。
その座右に姫騎士のショナさんとスーナさん。
僕とクラリィは、バス王と向かい合うようにして並んでいる。
ヴィオラは、いつもの通り、少し離れた広間入口の扉の前で、神妙な面持ちをしている。
「ボクから監視役に志願したにもかかわらず、本当に申し訳ありません」
「うむ……」
クラリィは謝罪を続け、これから下される罰を恐れてか、まだ頭を上げない。
クラリィは、まだ幼いんだぞ……。
それを見ていて、どうにも居た堪れなくなった僕は、何を思ったか――
「いやぁ、よく分からないんだけどさぁ。勝手に堕落のスキルを行使して、クラリィの任務を放棄させたのは、僕だ」
と、つい二人の間に口を挟んでしまった。
バス王を含め、謁見の間の視線が僕に集まる。
クラリィも、謝罪の姿勢のまま顔だけを向け、目を丸くして僕を見ていた。
「疲労で発熱してたけど、クラリィは優秀だった。今までずっと頑張ってきたんだと思う」
これは、僕の本心だった。
「ふむ……」と、深い地の底から湧き出すようなバス王の声。
「責任は僕にある。罰なら僕が受けるべきだ」
間違いない。
今の僕は、覚悟を決めた男の顔をしているはずだ。
すると――
「何か勘違いしているようだが、今日スローたちを呼んだのは、クラリィの件じゃないぞ?」
姫騎士のショナさんが、怪訝そうな顔をして、そう言った。
「え、あれ? そうだったの?」
僕の勇み足だったの……?
覚悟を決めた男の顔が、一瞬にして崩れ去ってしまった。
恥ずかしさのあまり、僕の耳が熱を帯びてくる。
だって、あのバス王の表情と声色……。
紛らわしすぎるだろう……。
「ちょっと、スローに手を貸して欲しいことがあるんだ」と、ショナさん。
いや、完全に別件じゃん……。
「バス王さま、それじゃあ、クラリィに対して、特にお咎めみたいなのは……」
「無い……」
それは何よりです……。
加害者の僕が言うのも変な話だけど、気を取り直して、僕が、「よかったね」と、隣にいるクラリィにこっそり囁くと――
彼女は、ただ無言で頷いた。
「ちなみに、その僕に手を貸して欲しいことっていうのは?」
「飛竜だ……」
「飛竜?」
「スローには、飛竜の面倒を一頭見てやってほしいんだ」
「えっ?」
バス王の言葉を、ショナさんが補足して伝えてくれる。
瞬間的に、転生失敗の後から曖昧になっている生前の記憶を探ると……。
うん。僕には動物の世話をした経験なんて無い。
「どうやら、その飛竜。ちょっと事情があって、人間族の言うことしか聞けないみたいなんだ……」
「はぁ、なるほど」
それで、人間族の僕に白羽の矢が立ったわけか。
「やってくれるか……?」と、ショナさんに説明を任せっぱなしだったバス王。
いくら自堕落業界における天界代表を一心に背負っている僕だとしても、いつまでも、完全個室、一日三食(+おやつ)お昼寝つきではいられまい。
無為徒食の暮らしにも、きっと限界はある。
スローライフとは、ゆっくり、ゆったりとした生活のことであって、完全に動きの止まってしまった生活のことを指すわけではない。
しかし、飛竜か……。
完全に僕の想像の範疇を超えてしまっている。
「できる範囲で……やってみます」
僕は、心の中で強く祈っていた。
僕のストップライフが、スローライフを飛び越えて――
ドタバタ・ファストライフになってしまわないように、と。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話、『第19話 明日から頑張る』は、明日の夕方、またこの時間帯の投稿となります。
お楽しみいただけたら幸いに存じます。