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第187話 魔王ガチ勢

 

「それはまぁ、俺が怠惰(たいだ)すぎたからだなぁ」


 自称・元魔王の巨大な悪魔、プィルプィはそう言った後、だらしなく大きな欠伸(あくび)をした。


 怠惰すぎたせいで封印された……?


 それってどういうこと……?


 プィルプィの過去についてあれこれ想像を巡らせてみたものの、なんだか眠たそうな彼の顔を見上げている内に、つられて僕まで眠たくなってきてしまった。


「寝込みを襲われちゃったとか?」


 僕が欠伸(あくび)を噛み殺していると、隣から質問が放たれた。


 そちらに視線を向けると、ヴィオラが首を(かし)げており、彼女の細い金髪がさらりと揺れるのが見えた。


「いやぁ、確かにあの頃の俺は、何よりも睡眠が大切だと思っていたがぁ……」


 いや、それ分かる~~。


 どちらかといえば三度の飯より睡眠の方に人生のウェイトを置きがちな僕は、この肉感たっぷりの得体の知れない悪魔に対して深い共感を覚えた。


「花より団子」という慣用句があるが、仮に今僕の目の前に花と団子を同時に並べられたとすると、うっかり睡眠を選んでしまうくらいには僕は睡眠を愛している。


 風雅も実益も関係あるか!


 睡眠よ、君が好きだ! 愛している!


 僕と付き合って欲しい! 結婚を前提に!


 今宵(こよい)は月が眠いですね!


 などと、現実逃避がてら、僕が睡眠に対するある種狂気(きょうき)にも似た訳の分からない愛の言葉を心の中で叫んでいた、そのとき。


「生きとし生ける物の生命エネルギーを奪ってやろうと画策(かくさく)していたら封印されたぁ」

「いや、それのどこが怠惰やねん」


 僕の意図せぬ小ツッコミが入ってしまい、「おぉう? なんだぁ?」と、プィルプィの鋭い(にら)みが僕に突き立てられるはめに。


 けど、それは仕方がないじゃん。


 だって、プィルプィさん。


 あなた、それはもう怠惰じゃないじゃん。


 めちゃくちゃ野心家なんじゃん。


 完全に魔王ガチ勢じゃん。


「いやぁ、すいません……。なんか話を聞く限り、全然怠惰じゃないなぁと思いまして……」

「まぁ、怠惰を突き詰めるとだなぁ、合理性やシステマティックといった概念に到達するんだぁ。そこで、俺はだなぁ、世界中の生き物から自動的に生命エネルギーを吸い取る仕組みを構築しようとしてだなぁ……」


 ほら!! やっぱり「『それはもう怠惰じゃないじゃん』なんじゃん」じゃん!!


 しかも、こいつ……。


 自分で自分のことを怠惰だと標榜(ひょうぼう)する(くせ)に……。


 話が長いぞ……。


 (いにしえ)時分(じぶん)から「魔王は話が長い」と相場が決まっているのだけれど、ここまでダラダラと聞いてもいないことをくっちゃべるあたり……。


 間違いない。


 やはりこいつ、完全に魔王ガチ勢……。


 そう思った瞬間、僕の頬に一筋の冷や汗が流れていった。


 すると、碧眼を輝かせたヴィオラが――


「おー……!! 見かけによらず、プルプルさんは勤勉なんだねぇ!!」


 偉いっ!! と、恐らく全ての生き物の怨敵(おんてき)になりうるであろう魔王ガチ勢のプィルプィに対して、非常に失礼な称賛の言葉を言い放った。


 しかし、作戦なのか天然なのかは置いといて、長くなりそうな話を無邪気に(さえぎ)り、封殺してしまう力技は見事と言える。


「見かけによらずだとぉ……?」と、初めは低く声を響かせていたプィルプィも、「そうだろぉ、俺は偉いだろぉ?」と、一転、胸を張り、すっかり気分を良くしたようであった。


 ヴィオラは、魔王の転がし方をよく心得ている。


 彼女にかかれば、どんな魔王だって手のひらの上でコロコロである。


 在りし日の記憶――空飛ぶ魔王城での一件が脳裏に(よみがえ)り、僕はただ感心するしかなかった。


 ヴィオラの何者にも物怖(ものお)じしない性格。


 流石、天界王バスの御令嬢である。あと、魔王エンジョイ勢の姪っ子。


 そんなことを思いながら、しみじみとコロラ伯母さんのことを懐かしんでいると――


「けど、封印されたってことは、そのシステマティックな作戦は失敗したんでしょ?」


 ダメじゃん、と呆れた様子のクラリィが、浮かれているプィルプィを、一言でバッサリと切り捨てた。


「いやぁ、それは違うぞぉ。封印される前にはすでに俺のシステマティックなエネルギー収集方法は完成していたんだぁ。現に俺は長い間ここに封印されていたが、ここまでスクスクとわんぱくに成長できたんだからなぁ」


 このブクブクと肥大化した身体は、スクスクとわんぱくに成長したというレベルを大きく逸脱(いつだつ)しているようにも思えたが、僕は何も言わず黙っていた。


「俺の作ったフィルシュ教はよくできているだろぉ。なにせ、俺のことを信仰すればするほど、その祈りが生命エネルギーとして俺に回収される仕組みなんだからなぁ。あぁ、そうそう、フィルシュ教の布教方法にも抜かりがないんだぞぉ」


 クラリィも、魔導書を抱えたまま、言葉を失ってしまった。


 プィルプィは、その太った身体に似合わない小さな手の細い指を一本一本折りながら、順を追って説明を続けた。


「まず、『なんらかの形で身体に取り込むと、生命エネルギーを失ってしまう呪い』を掛けた俺の肉片を世界中のあちこちにばらまいておくだろぉ。それで、その肉片を喰ったり、燃やして灰を吸ったりなんかして、呪いが発動した地域を救済するのもフィルシュ教徒の使命にしておくだろぉ……」


 それって、確か……。サクラさんが言っていた……。


「あとは、あれだぁ。聖女という役職を用意しておいてだなぁ、その聖女に対して『生命エネルギーを回復させる代わりに、フィルシュ教徒になるよう洗脳する力』を学ばせておくだろぉ」


 七つの厄災の一つ『怠惰(スロース)』や、この聖都フィルシュフィールの全てが、プィルプィの考えたシステムだったってことか……。


「そうすれば、呪いによって疲弊した地域に住んでいる生き物は、俺を信仰するようになる。それはつまり、俺がここでぐうすかぴいすか寝ている間にもフィルシュ教徒は増え続け、勝手に生命エネルギーの方から俺のところへやってきてくれるようになるってわけだぁ」


 何も知らずに日々の祈りを欠かさないフィルシュ教徒の人たちや、一人前の聖女を目指して奮闘していたサクラさんの心情を(おもんぱか)ると、僕は段々いたたまれない気持ちになってきた。


「これぞ合理性!! まさにシステマティック!! エネルギーが満ち、封印が解けた今、俺はもう完全に自由だぁ!!」


 プィルプィは、締まりのないお腹の贅肉(ぜいにく)を激しく波打たせて、ぶはははと笑った。


「これでまた俺は世界征服に取り組めるぞぉ!!」


 それのどこが怠惰やねん、というツッコミはもう僕の口からは出てこなかった。


 ヴィオラ、クラリィ、コルネットさん、そして、レト。


 旅の仲間たちの方を見ると、考えていることが同じだったのか、みんな一同に静かに(うなず)いた。


 僕たちがこの魔王ガチ勢をなんとかしなければ。


 さっきまでの眠気を吹き飛ばすように、僕はそう強く気合を入れた。

読者のみなさま、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


続くお話は、2週間後の6月5日(土)に投稿する予定です。


もし気に入っていただけましたら、お付き合いの程よろしくお願い致します。

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