第186話 激怒する肉団子
巨大な悪魔が僕たちを睨み下ろしている。
さっきまではずっとただのジャイアントミートボール(触手付き)だと思っていたけれど、どうやらそれは彼の背中の部分だったようだ。
目の前に聳える、凶悪な顔つきをした肉の化け物。
彼の頭は、ピンク色の肉団子の頂上付近で、まるで果実のヘタのように肉に埋まりかけている。
「てめぇら、何者だぁ? 俺の餌になりにきたのかぁ?」
真ん丸な肉塊から重々しい声が降ってくる。
餌……。
そういえば今あのお腹の中にエミール司祭が……。
先程触手に呑み込まれたエミール司祭を思い出して、僕は恐ろしくなった。
しかし――
化け物の背中から生えていた大量の触手は、レトの太刀によってすでに一刀両断されている。
加えて、手は赤ちゃんのように小さく、ちょこんとついている足もこの巨体を支えるには酷くひ弱そうに見える。
こちらを向くために回転してきた動きもめちゃくちゃゆっくりだったし……。
……。
案外、大丈夫なのでは?
僕の精神は急速に安寧を取り戻した。
非常にスムージーな速度でこの肉の化け物を舐め始めた結果……。
「あー……。僕たちは餌ではないです。それはもう確実に餌ではないです」
僕は、まるで夕飯の肉団子に話し掛けるかのようにフランクに返した。
すると――
「餌じゃないだとぉ?」
「はい。あらゆる面から考慮して、絶対に餌ではないです」
「なんでやねんっ!!」
「えぇ……。なんでやねんと言われましても……」
急に意味不明瞭なツッコミをカマされましても……。
「俺を起こしたということは、餌になる覚悟があるということだろうが!!」
「なんでやねんっ!!」
今度は逆に僕の口からツッコミが飛び出していた。
それは脊髄反射のように――全く無意識の内に、僕がツッコミをカマす番になっていた。
すると、ヴィオラが僕たちの仲を取り持つかのように、優しく――
「まぁまぁ、二人とも。えー……、取り敢えず、あなたのお名前は?」
えっ? この肉団子の名前ってフィルフィじゃなかったっけ?
そう疑問に思いながら、僕がヴィオラの美しい横顔から肉々しい肉に視線を移した、その瞬間。
「我が名は大悪魔プィルプィ!!」
いや、半濁点ッ!!
フィルシュ教の人たちーーッ!!
あなたたちの宗教団体名、もしかするとプィルシュ教かもしれません!!
なんならこの街の名前も、プィルシュプィールが正解なのかもしれません!!
聞いていた情報とのささやかな相違と、プィルプィという可愛い名前に似つかわしくない凶悪な図体に、僕は戸惑いを隠せなかった。
質問者であるヴィオラは、初めは、「わぁ! 可愛い名前!」と、破顔していたが――
「けど、プィルプィって、ちょっと言い辛いね……」
唇がプルプルなっちゃう、と一転、不敬なことを言い出した。
それを聞いたプィルプィは、「なんだとぉ!! 俺はかつて魔王プィルプィと呼ばれたこともある大悪魔だぞぉ!!」と、怒り心頭の様子。
しかし、迫力こそあれど、危機感は全く湧いてこなかった。
プィルプィのだらしなく弛み切ったお腹がタプンタプンと揺れているのを見ながら、僕はもう完全にこの元魔王の大悪魔を舐めてしまっていた。
仮に擬音で表すとするならば、ペロペロのペロである。
イライラでタプンタプンのプィルプィをペロペロのペロである。
……よく分かんないけど。
いや、待て。
僕だけではない。
恐らくこの場にいるみんなが、目の前の怒れる大悪魔を舐め切っていた。
周りを見渡してみると――
「でも動き、鈍そうだしなぁ……」と、魔導書を抱えて余裕そうなクラリィ。
「触手も、もう残っていませんし……」と、一切動じていないコルネットさん。
「背中も登りやすかったよ?」と、一人だけちょっと違う舐め方をしているレト。
大舐めである。
アーユー大舐め? イエス、ウィーアーである。
肉団子が激怒するこの異常な状況下で、世紀の大舐めである。
「そんなに言うなら俺の力を見せてやろうかぁ?」
「いえ、結構です」
コンマ一秒。ヤバそうな雰囲気を察して即座に反応する僕。
「おぉ? そうかぁ?」
「はい、また機会があればで」
「分かったぁ」
分かっちゃったよ!!
この大悪魔……。
簡単に言いくるめられるぞ……!?
すると、ヴィオラが純粋な表情で――
「ねぇ、プルプルさん」
プルプルさん!?
間違っている!! 盛大に名前を間違っているよ、ヴィオラ!!
「プッ、プルプルさんだとぉ……?」
ひえっ、許してください……。
多分、悪気はないんですぅ……。
彼女の性格上、今のは煽りというより、単純に響きが気に入ったとかだと思いますので……。
「俺の力」とやらは見せないで下さい……。
プルプルさんこと大悪魔プィルプィは、怒りに声を震わせながら、その巨躯をわななかせている。
そのサイズ感をS・M・Lで例えるならば、完全にグランデ。
かっ、堪忍して下さい……。
「プルプルさんは、どうして封印されていたの?」
止せ!! 「プルプルさん」のおかわりは止すんだ、ヴィオラ!!
しかし、そんな僕の心配をよそに、プィルプィは遠い目をして押し黙ると――
「それはまぁ、俺が怠惰すぎたからだなぁ」
と、過ぎ去った魔王時代を懐かしむかのように、そう言い捨てた。
読者のみなさま、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
続くお話は、2週間後の5月22日(土)に投稿する予定です。
もし気に入っていただけましたら、お付き合いの程よろしくお願い致します。




