第176話 血気盛んなお年頃
「ねぇねぇ、クラリィ。なんだかあのおじぃさん、ワタシたちの敵みたいだよ?」
急に敵対してきたエミール司祭を指差しながら、レトが隣にいるクラリィに声を掛けた。
ただ、強そうな敵を前にしているというのに、レトの声には不安のようなものが微塵も感じられない。
もはや、「今日の晩御飯どうしよっか?」くらいの気楽さである。
まぁ、幼女とはいえ、レトは戦闘能力に秀でたアマゾネス族の一員だから……。
強者の余裕とは、このことか?
そんなことを思いつつ、同じく強者――天界城の精鋭であるクラリィを見ると、彼女は、すでに魔導書を光らせており、いつでも攻撃魔法を放つことができそうな構えをしていた。
「悔い改めさせるの~?」
「そうだね。一度悔い改めさせたほうがいいかも。コルネットさんもそう思わない?」
「はい。是非、悔い改めさせましょう。ヴィオラちゃんはどう思いますか?」
「ハッキン悔い改めさせよーーっ!」
レト。クラリィ。コルネットさん。そして、サクラさんの影響を受けたせいで、ご機嫌な言葉遣いになってしまったヴィオラ。
彼女たちはそれぞれ乱暴狼藉とは一切無縁の「深窓の佳人」めいた顔立ちをしているというのに、その目からはそれぞれ「戦闘の狂人」めいた眼光が放たれている。
そうだ。
そうだった。
僕たち旅の一行は、血気盛んなお年頃なんだった。
「おい、エミール。〇ァッキン懺悔の用意はできたか?」
この城の主人であるサクラさんも、「〇ァッキン懺悔」というFワードと聖なる単語のキメラを爆誕させ、戦闘の準備は万端の様子。
もうその荒い語気から、パッションが滾り、迸っているのが分かる。
パッションがバチバチのビチビチである。ビチビチパッション。
「この私が……懺悔だと……?」
追い詰められたエミール司祭の額に、冷や汗の粒が見え始めた。
仕方がない。完全に多勢に無勢である。
彼を強制的に懺悔させようとする血も涙もない神聖な時間が刻一刻と近づいている。
一方、その頃。
戦闘能力が桁外れに低く、戦いに血湧かず肉躍らないタイプの僕はというと――
「むむむ……。どうしたんだ、急に……」
彼女たちのように、その勢い猛とはいかず、むしろ貧血のときのような酷い目眩に襲われていた。それも片頭痛付きである。
足腰はガクガクで、力を入れていないと本当に倒れてしまいそう。
それこそ、産まれたての子羊……。
いや、生まれつき貧血で片頭痛持ちの子羊のような足腰である。
「せっ、石化の呪いは何故か発動しませんでしたが……」
「どうした、エミール。目が泳いでいるぞ」
「泳いでいません。呪いが発動しなかった以上、こうなれば私が直接あなたたちに手を下すしかないようですね……」
「おぉん? 何をする気だ?」
「私たちフィルシュ教が独自に編み出した呪い……その名も『強制転生の呪い』!!」
「なんだそれは!? 〇ァッキンなんだそれは!?」
名前を聞くだけでヤバそうな呪いに、サクラさんの表情が強張る。
みんなも、得体の知れない呪いの存在を明かされて、動けなくなっている。
オラオラやったれムードで気が緩み切っていたが、流石に血の気が旺盛なままではいられない。
強制的に懺悔をさせてやろうと思って、逆に強制的に転生させられてしまっては割に合わない。
リスクが不当に大きいと言わざるを得ない。
ここは少し落ち着いて現状に対処した方がよさそう。
冷静に、冷静に。一旦、騒いだ血を冷ますべきである。
まぁ、個人的な話をすると、僕の血の気は元々引いてしまっているのだが。
恐らく蒼白であろう血色をしながら、僕が周囲の環境および自己の分析を進めていると、突然エミール司祭が静かに笑い始めた。
「ふふふ……。あなたたちを石化させるという当初の計画からは外れてしまいますが、これでもうおしまいです……」
それは、「どうにか抵抗しなければならない」という意識が働く隙がない程、一瞬の出来事だった。
エミール司祭は微笑みを浮かべたまま素早く両腕を前に突き出すと、僕たちに向かって白い光の矢を放った。
しかし――
「この感覚は……。そうか……あれか……」
いつの間にコントロールできなくなっていたのか。
「どうにか抵抗しなければならない」という意識が働くまでもなく、無気力な足腰によって、すでに僕の身体はエミール司祭の目の前へと導かれていた。
「なっ!? なんですかあなたは!?」
エミール司祭が愕然としているが、そんなの気にしていられない。
ライアン兵士長に2回、聖女像だったサクラさんに1回、それと今さっきの石化の呪いに1回。
今日一日だけで4回……。
スキルの使いすぎか……。
えっ、ちょっと待って……。
ライアン兵士長に2回って、無駄遣いしすぎじゃないか……?
後悔の念と共に、スーッと薄れていく意識。
それに追い打ちをかけるように、無意識かつ蹌踉たる足取りで躍り出た僕の身体に、タイミングよくエミール司祭の放った「強制転生の呪い」が直撃した。
身体から何かが抜け出す感覚。
ふわりと浮き上がる自分の意識。
このまま僕の魂はどこか遠いところへ飛んでいき、何か別の生き物へと強制的に転生させられるはめに……。
まぁ、後ろにいるみんなを守れてよかった。犠牲になるのは僕だけで充分だ。
視界が徐々に暗くなっていく。
さよなら、みんな。
「オレに任せるギギ!!」
久しく聞いていなかったが、確かに聞き覚えのある声がしたかと思うと、ついに光が絶えた。
読者のみなさま、いつもお読みいただき本当にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話は、来週の2月6日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。