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第174話 まやかしの力


「まやかし……ですか?」


 落ち込んでいるサクラさんを(はげ)ましてあげたかったが、それよりも彼女の旅の行く(すえ)を、どうして彼女がフィルシュ教の裏の顔に気付けたのかを僕はちゃんと聞かなければいけない気がした。


 サクラさんは僕の声を聞いて、意を決したように顔を上げた。


「『怠惰(スロース)』の厄災の中心となった〇ァッキン城下町はアタシの故郷に〇ァッキン近くてね、顔見知りも多くて、よく知っている場所だったんだ。荒くれ者ばかりだけど〇ァッキン気のいいヤツらが(つど)っていて、いつもどこかで〇ァッキン粗野(そや)な笑い声がしていたよ」


 サクラさんが遠い目をして述懐(じゅっかい)している。


 ただ、連呼されるFワードのせいで内容が全然頭に入ってこない。


 強調のために使われるんだろうけど、形容詞にも副詞にもなりうる「〇ァッキン」という単語よ。


 便利すぎだろう……。


 僕もこれから使っていこうかな……。


 いや、待て。ダメだ。集中。〇ァッキン集中。


 ちゃんと話を聞かなきゃ。


 僕はサクラさんの真剣な表情に、同じく真剣な表情でしっかりと向き合った。


「アタシが城下町に着いたとき、やはり前情報の通り、みんな生きる力を失っていたよ。どいつもこいつも世界の終焉(しゅうえん)を見てきたような辛気(しんき)臭い顔をしていてね。そんなヤツらを救おうと、アタシは聖都で学んだ癒しの力を行使したんだ。だけど……、みんなの様子はおかしいままだった……」

「生きる力は……取り戻されなかったんですか……?」

「いいや。確かに生きる力は回復したよ。それでも前のようには治らなかったんだ」


 それは、一体……。


 どういうこと?


 治療が失敗したわけでもないみたいだし……。


 サクラさんの言っていることが全く想像できず、僕の脳内は混迷を極めた。


 それこそ今僕の顔は、世界の終焉(しゅうえん)を見てきたような複雑怪奇な顔になっているはずだ。


 すると、僕の隣にいたヴィオラが――


「まやかしの力だったんだね」


 知らぬ間に、いつもの名探偵モードに突入していた。


「あぁ。アタシがそれに気付いたのは、病気の妹を治療するために一生懸命働いていた兄が、生きる力を取り戻した後、稼いだ金の大半をフィルシュ教に寄付するようになったときだ」

「寄付……」

「本当に何かの間違いかと思ったよ。昔から妹思いのヤツで、絶対にそんなことをするはずがなかったから。そして、その後も……。立て続けに異変が起こった」

「それもまたフィルシュ教に関連してるのかな?」


 ヴィオラが腕組みをしながら、そう言った。


「一を聞いて十を知る」というより「一を聞いてπ(パイ)を知る」ような斜め上の奇怪な推理力を誇る彼女である。


 どうやらこの場では、ヴィオラだけがサクラさんの話についていけているようだった。


「そうだ。帝国の戦災孤児を保護し、養っていた他教のシスターが、自分の教会を捨てて、フィルシュ教に改宗(かいしゅう)したんだ」


 改宗(かいしゅう)だって!?


 子供や教会を捨ててまでフィルシュ教に(くら)替えするなんて……。


 僕はサクラさんの衝撃の告白に驚きが隠せなかった。


「それだけじゃない。愛し合っていたはずの新婚夫婦が突然失踪(しっそう)して、夫は聖都直轄(ちょっかつ)の労働施設、妻はフィルシュフィールで聖女見習いとして発見された。発見された当初、二人とも、自分の身をフィルシュ教に(ささ)げられることを心から喜んでいたらしい」


「そっか……。サクラさんが聖都で学んだ癒しの力っていうのは……」


 ヴィオラの()んだ碧眼(へきがん)に、悲哀と同情の影が差していた。


「そのすぐ後になって分かったんだ……。アタシの能力は……」


 サクラさんが、まるで女神に懺悔(ざんげ)するかのように、静かに言葉を重ねていく。


「対象に生命力を付与する代わりに、フィルシュ教徒になるように洗脳する能力だ」


 僕は声が出なかった。


 周りにいるみんなも、僕と同じように口を開かなかった。


 沈黙がこの広い応接間を()み込んだ。


「このことに気付いてから、アタシは洗脳されているフリをして、フィルシュ教の闇を調べることにしたんだ。そして、大悪魔フィルフィの存在を突き止めてしまった。今まで自分のやってきたことが、全てフィルフィの復活の手助けだったということも……」


 サクラさんは丁寧にそう言い終えると、そっと目蓋(まぶた)を閉じた。


 先程サクラさんが言っていた、「自分の信じていたものが信じられなくなる辛さ」というものが、その表情から痛烈なまでに見て取れた。


 彼女の沈んだ表情を見ていると、僕まで胸が痛んでくるようだった。


「それでも……。サクラさんが『怠惰(スロース)』の厄災から城下町の人々を救ったのは確かだと思うよ……」


 言いようのない切なさが込み上げ、思わず僕はサクラさんに言葉を掛けていた。


「ふっ、優しいんだな、あんたは……」

「あっ、いや、その……」


 そして、一瞬で我に返り、どもってしまう僕のコミュニケーション能力にも、言いようのない切なさが込み上げてきた。


 すると、ヴィオラが――


「そうだよ! うちのスローは優しいんだよ!」


 と、溌剌(はつらつ)とした声で、何故か自慢気にそう言った。


「へぇ、あんたスローって言うんだな。広場で石にされていたアタシを助けてくれて、その上(はげ)ましてくれるなんて、〇ァッキンいい男じゃないか」

「そうだよ! スローはハッキンいい男なんだよ!」


 急に僕に興味を持ち始めたサクラさんからのお褒めの言葉に、首を深く縦に振るヴィオラ。


 彼女はまるで僕の飼い主であると言わんばかりに、後方で腕組みをし続けて止めない。


 もう面構えが保護者のそれである。


 静寂に支配されかけていた応接間は、すっかり歓談の雰囲気に変わっていた。


「さっきはそこの天使のコスプレをしている二人に阻止されたが、スローみたいないい男にはやはりアタシが人生最高の夜をだな……」


 サクラさんが、クラリィとコルネットさんを視界に捉えた後、舐めるような視線を僕に送ってきた。


 清楚な聖女の姿から惜しみなく放出されている肉食系女子の獰猛(どうもう)さに(さら)され……。


 まぁ、当然のように僕の身体は縮み上がった。


「ひいぃ……。あの……サクラさん、興奮されているところ誠に申し訳ないのですが……」

「なんだ?」

「これは余談なんですけど……、クラリィとコルネットさんは本物の天使族です……」

「おぉん……?」


 サクラさんが僕から視線を外し、横目でちらりとクラリィとコルネットさんを盗み見た。


 一方、二人の天使たちは、僕が色々な意味で捕食されかけているのを察したのか、かなりピリついている様子。


 天使の羽がピンと張り詰めており、完全にサクラさんを威嚇(いかく)しているようだ。


「本物……なのか?」


 超小声で僕に確認を取るサクラさんと、無言で(うなず)く僕。


 サクラさんは、「えぇ……」と、声を漏らしながら、続け様にクラリィとコルネットさんに向き合い、途端(とたん)(かしこ)まった。


「本物……なのですか?」

()い改めて!」


 冷徹にそう言い放つクラリィ。


「ははぁ~。これまでの無礼な言葉遣い、誠に申し訳ございません~」

()い改めましょうね」


 謝罪を加えるサクラさんを、粛々(しゅくしゅく)()い改めさせようとするコルネットさん。


 どうして天使の二人は、そんなに淡々とサクラさんを()い改めさせようとするのか。


 二人の「迷える子羊の導き方」に、天使族の神髄(しんずい)を見た僕である。


 すると突然、ヴィオラがハッと思い出したかのように――


「そう言えば、サクラさんって『怠惰(スロース)治し(ヒーラー)』だったんでしょ? じゃあ悪魔を引き連れて街を襲ってたの? あれ、でも今日までずっと封印されてたんだよね? おかしいなぁ……」


 と、首を(かし)げて不思議そうな顔。


「アタシが悪魔を連れて街を襲っていたなんて事実、絶対にないです!」

「本当?」

「本当ですとも! 〇ァッキン……いや、絶対に本当ですとも!」


 サクラさんは、ヴィオラの追及に、心底ぎこちない敬語で返した。


 そのときである。


 そんな彼女の背後から――


「やはりここに帰ってきていましたか、サクラ・ロレーヌ」


 不気味な笑みを浮かべたエミール司祭が現れた。

読者のみなさま、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第175話 自宅凸』は、2週間後の1月23日(土)に投稿する予定です。


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーをよろしくお願い致します。

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