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第173話 〇ァッキンクソな街

 

 今日の宿と紹介されたところが、誰かの家だったときの気まずさときたらない。


 しかも、そこで家主と出くわしたならば、なおのことである。


「悪いことは言わないから、こんな街からは早く出ていった方がいいぜ」


 この家の主――清楚な聖女の姿をしたサクラさんは、まだ緊張の解けていない僕たちに向かって、そう乱暴に言い放った。


 さっきまでいたお城のエントランスホールとは異なり、声の反響はない。


 しかし、それでも彼女の含みのある言い方は、この広い応接間に、再び緊張を走らせるには充分な威圧感があった。


 聖女のような見た目に反した彼女のロックスターのような口調も、緊張感の昂進(こうしん)に拍車をかけているのかもしれない。


「そっ、そんなにヤバいんですか、この街……?」

「あぁ、ヤバいなんてもんじゃない。〇ァッキンクソだ」

「ひえ……」


 〇ァッキンクソ。


 今までに聞いたことがない、末恐(すえおそ)ろしい表現である。


 唐突に発せられたお行儀のよくない表現に言葉を失っている僕を気にも留めず、サクラさんはポツポツと街の真実を語り始めた。


「この街は、癒しの女神フィルフィを信仰する宗教――フィルシュ教の総本山がある都として、昔から信者を増やしたり、聖女を育成したりしていたんだ」

「はい、それは風の噂で聞いてます……」

「だがな、実は癒しの女神フィルフィなんてものは存在しなかったんだ」

「はいっ!?」


 過去に何かあったのか、サクラさんの見目(うるわ)しい顔が怒りの色に染まった。


「やっぱり……。フィルフィって名前の女神なんて聞いたことないもんね……」

「うん、そうだね……」

「はい、聞いたことないです……」


 女神が住まう土地――天界で育ったヴィオラ、クラリィ、コルネットさんがヒソヒソと話をしている。


 そんな彼女たちに囲まれるようにして、女神が住まわない土地――アマゾンの奥地で育った幼女レトも、「ワタシも聞いたことないー!」と、口を揃えた。


 先程も行われたやり取りではあったが、僕だけ仲間に入れてもらえていないのは、少し寂しい感じがしたので。


 そもそも女神なんて存在しない土地――異世界からやってきた僕も、負けじと、「僕も聞いたことない!」と、鼻息荒く完全同意の態度を示した。


「なっ、なんだ? あんたたちは女神の専門家なのか?」


 サクラさんは驚いたように僕たち一行を見詰めている。


 ただ、僕たちは身を寄せ合って、有識者かの(ごと)く一同に難しい顔をしながら、うんうん(うな)っているだけである。


「……まっ、まぁいい。それで、そのフィルフィの正体なんだが……。太古の昔に封印された大悪魔なんだ」


 太古ねぇ……。

 昔だねぇ……。

 封印だって……。

 大悪魔ですか……。

 ワタシよく分かんない!


 などと、神妙な面持ちでボソボソと単語の感想を呟くだけの集団と化した僕たち。


 そんな怪しげな有象無象に対して、サクラさんは説明を続ける。


「この街に住んでいるフィルシュ教のやつらは、信仰の対価としてこっそり生命エネルギーを奪われているんだ。それによって、大悪魔フィルフィの封印が少しずつ解かれているとも知らずにな」


 少しずつ封印が解かれている……だって?


 ということは、この街の信者たちは、みんな知らず知らずの内に大悪魔の復活に加担しているということなのか。


「サクラさんは、どうしてそれに気が付いたの?」


 ヴィオラが、僕たちの集合体の中から、シンプルにそう問い掛けた。


「初めは、アタシも立派な聖女さまになりたくて、敬虔(けいけん)なフィルシュ教の信者だったんだ。それで、聖女修行の一環として怠惰(スロース)の厄災を止める旅に出たのはいいが、その旅の途中で色々とあってね……」


 サクラさんは言葉を濁した。その表情は暗い。


 怠惰(スロース)の厄災……。


 僕は天界城で見た厄災の資料を思い返した。


 確か、深い森の奥にある遺跡に封印されていると言われていた古代の悪魔だったか。


 古代の悪魔といえば、サクラさんが言う大悪魔フィルフィと共通点があるなぁ……。


 けど、怠惰(スロース)の実態は、不気味に(うごめ)いているだけの、ただの肉の塊だったんだっけ。


 とある帝国が、それを軍事利用できないかと祭壇から持ち帰ったものの、特に異能があるわけでもないことが判明し、廃棄されるという、文字通り『怠惰(スロース)』らしい最期。


 ただ、その廃棄の仕方が悪くて――可燃ゴミと一緒に燃やされたせいで、大気中に放出された悪魔の灰を吸った者たちが、遅効性の毒が回ったかのように、徐々に生きる力が失われ、次々と堕落していき……。


 厄災『怠惰(スロース)』の発生。


「自分の信じていたものが信じられなくなる辛さ、あんたたちは知っているかい」


 サクラさんは僕たちに向かって静かに言葉を(つむ)いだ。


「アタシはなんとかして救おうとしたんだ、生きる力を失った人たちを。だが、アタシがこの聖都で学んだ癒しの力は全部まやかしだったんだ……」


 徐々に声が細くなり、震え、ついには泣きそうな声になってしまった。


 (うつむ)いてしまったサクラさん。


 旅の道中に彼女は何を見たのか。


 気が付くと外はもう夕暮れで、窓から差す弱々しい光が、サクラさんの(まと)楚々(そそ)としたローブを照らしていた。

読者のみなさま、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第174話 まやかしの力』は、来週、1月9日(土)に投稿する予定です。


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。

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