第170話 今はもう、そういう時代
「ねぇ、クラリィ……」
「何、スロー……」
「あの司祭さん……。確かさっき、宿屋の一番いい部屋って言ってたよね……」
「うん……。言ってた……」
宿屋の外観を見上げて呆然としている僕に、クラリィが同意した。
「さぁさぁ、天使さま方。どうぞこちらへ」
たった今ゴツい錠を外したばかりの宿屋の店主が、僕たちを招いている。
彼が必死に両手で押さえている扉は、重量感のある金属製である。
「行きましょうか、スローくん……」
「うっ、うん……」
コルネットさんに誘われるようにして、僕たちは恐る恐るお城の中へと足を踏み入れた。
「わぁ~!! 広いねぇ~!!」
「広ぉ~い!!」
「気に入って頂けたようで何よりでございます」
エントランスホールを見渡し驚嘆の声を上げるヴィオラとレトに、宿屋の店主が恭しく頭を下げた。
「あの……。ここ全部、僕たちが使っちゃっていいんですか……?」
「もちろんです。司祭さまから、天使さまが聖都に滞在されている間は、最高のおもてなしをせよと申しつけられておりますゆえ」
「一応聞いておくんだけど……、ここって本当に宿屋なの?」
「はいっ! 宿屋でございます!」
元気一杯にそう答える店主。
その屈託のない笑顔を見ていると、この小振りながらも立派なお城が宿泊施設のような気もしてくる。
「それから、有事の際はこちらへ。この階段を下りて頂きますと、武器庫へと繋がっておりますので」
「わぁ~!! 武器庫~!?」
「ねぇねぇ、ヴィオラ!! ワタシ、武器庫で遊びたい!!」
ヴィオラの碧眼と、レトのスモークブルーの瞳が期待で輝いている。
ただ、落ち着いて店主の話を聞いてみると、「武器庫」はヤバい。
通常、宿泊施設に「武器庫」はない。
あってはいけない。
あと、レトはそんなデンジャラスなところで遊ぼうとしないで。絶対にだ。
「今日の夕食は専属のシェフに準備させておりますので、それまでごゆるりとなさって下さい。また、他に何かございましたら、いつでも私めにお申し付け下さいませ。それでは失礼致します」
至れり尽くせりの店主が去り、扉の閉まる重低音が消えると、静かで自由な一時がやってきた。
「ねぇ、スロー……」
「何、クラリィ……」
「今、宿屋のおじさん、有事の際って言ってたね……」
「うん……。言ってた……」
今度は、クラリィの呟きに僕が呼応した。
宿屋で武器庫が必要になる有事ってなんだ……?
……。
夫婦喧嘩……とか?
「ここは本当に宿屋なんでしょうか?」
コルネットさんの素直な質問。
正に今、僕も同じ疑問を持て余していたところである。同志。
なので、僕が、「う~ん、どうなんでしょう……」と、その回答に窮していると――
いつの間に城内探検へ出向いていたのか、ヴィオラとレトが興奮した様子で階段を上ってきた。
「ねぇねぇ! みんな凄いよ!」
「あのね、あのね! 武器庫の隣にね! 牢屋があった! すっごい牢屋!」
はーい、絶対にここは宿屋ではありませーん。
確定しましたー。
だって、聞いたことないぞ。武器庫と、すっごい牢屋が併設してある宿屋なんて。
「まぁ、でも……」
ヴィオラたちの報告を聞いたコルネットさんが、ゆったりとした口調で話し始めた。
「たまには、こんな宿屋もありますよね」
「えっ!?」
「私はそういうのに疎いので分からないんですが、案外おしゃれなのかもしれません」
「んんっ!?」
コルネットさん!?
そんなピュアな笑顔をして、何を言っているの!?
おしゃれな宿屋は、すっごい牢屋を常設しているの!?
今はもう、そういう時代なの!?
「ふふふっ。もしかすると流行なのかもしれません」
いや、そんな流行があってたまるか!
「コルネットさん。ボク、流行廃りは関係ないと思うなぁ……」
クラリィも不安そうな表情。
「じゃあフィルシュフィールの文化でしょうか?」
そんなハードロックな文化あるぅ!?
「う~ん……。それも違うと思うなぁ……」
クラリィは完全に困惑してしまっている。
「取り敢えず……。そういう時代っていうことにしとこうか……」
「そうだね、時代だね……」
「はい。不思議な時代です」
天使の二人を、「時代」の二文字で納得させる僕。
ほぼゴリ押しである。
「それにしても、なんで私たちってこんな変なところに泊まることになったんだろう?」
ヴィオラが首を傾げて、そう言った。
恐らく勝手に武器庫から持ち出してきたのだろう。気付けば彼女は、見たことのないロングソードを背中に装備している。格好いい。
「確かに成り行きとはいえ、宿屋がお城ってちょっと変だよね」
「う~ん。それも変といえば変なんだけど……」
「えっ?」
「この街全体が変というかなんというか……」
僕の相槌に対して、ヴィオラは否定とも肯定ともとれる曖昧な返事をした。
すると――
「そうだよね。やっぱりこの街、変だよね」
「私も変だと思います」
「ワタシもーー!! 変だと思うーー!!」
クラリィ、コルネットさん、レトが、それぞれヴィオラに賛同するように声を揃えた。
「ねぇ、みんな。この街って、そんなに変なの?」
まさか、僕が分かっていないだけ?
と、不安に思い、みんなに尋ねてみる。
「うん。かなり変だよ。だって私たち、この地上に降りてくるまで、ずっと天界で暮らしてたけどさ……」
ヴィオラはそう言うと、表情を曇らせた。
「癒しの女神フィルフィなんて聞いたことないもん」
読者のみなさま、いつもお読みいただき誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第171話 変』は、来週、12月19日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。




