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第168話 呪われし聖女の像

 

「『怠惰(スロース)治し(ヒーラー)』の像なんです……」


 楽しそうに聖女の像を眺めているヴィオラとレトに向かって、ライアン兵士長が説明を加えた。


「『怠惰(スロース)治し(ヒーラー)』っていうと、元英雄(フォーマー)の一人だったっけ?」


 僕も聖女の像に近づいて確認を取ってみると、ライアン兵士長は恐縮しきった様子で――


「はい……。元々はこの聖都の神殿に仕えている聖女だったのですが、百年程前、厄災『怠惰(スロース)』を止める旅の途中で行方不明になってしまいまして……」

「最近になって急に姿を現したって話でしょう? 悪魔か何かを引き連れて、世界中を暴れ回ってるとか」

「お恥ずかしい限りで……」


 行方不明の間に一体何があったんだろうか……。


 天界城で読んだ資料によると、確か「怠惰(スロース)治し(ヒーラー)」は、百年の時を経て、当時の姿のまま出現したとも書いてあったな。


 ということは、「怠惰(スロース)治し(ヒーラー)」は、今もこの像と同じ姿をしているのか。


 (さび)(こけ)で薄汚れてしまった聖女の像に再び視線を向ける。


 今では、元英雄(フォーマー)の一人、「怠惰(スロース)治し(ヒーラー)」と呼ばれ、()み嫌われている聖女。


 それでも像の彼女は、(ひざまず)き、熱心に女神フィルフィに祈りを捧げている。


 その信心深い姿に、僕は少しだけ胸が痛んだ。


「この像が放置されてるのは、元英雄(フォーマー)だから?」

「いえ、実はこの像、呪われているみたいなんです……」


 違うんかい。


 いや、ってかこれ呪われとるんかい!!


「呪いって、どんな呪い?」

「触れると電気が走ったようにダメージを負ってしまう呪いです……」

「ひえっ」


 それはもう、ガチ呪いじゃん。


 この聖女の像だけ汚れていたのは、呪いのせいで触れられず、誰からも()いたり(みが)いたりされてこなかったからなのか。


 はぁー、おそろしや、おそろしや……。


 うっかり触れてしまわないように気を付けないとなぁ……。


 そう思いながら、もう一度聖女の像に顔を向けると――


「これでちょっとは綺麗になったかな?」

「ワタシ、顔のところ、もうちょっとだけゴシゴシするーー!!」


 ヴィオラとレトが、ハンカチで聖女の像を磨いていた。


「ちょおぉぉぉぉぉぉ!! ストーーーーップ!! その像、呪われてるからぁぁぁぁーーーー!!」


 ……って、あれ?


「二人とも……大丈夫なの?」

「ん~? 大丈夫って何が?」

「ワタシは元気だよ? 今、とってもお腹が空いてるけどね!」


 えっ? 呪いは?


 これは何事かと、僕も聖女の像に触れてみる。


 ……。


 うん。


 ペタリとした冷たい感覚があるだけで、ライアン兵士長の言う電気属性のダメージはなさそう。


 ヴィオラとレトに磨かれ、さっきよりも少しだけ綺麗になった聖女の像から手を離し、ライアン兵士長にアイコンタクトを取る。


「そっ、そんなはずは……」


 と、頬に冷や汗を垂らしながら、今度は彼が聖女の像に触れた。


 すると――


「アビャビャビャビャビャーーーーッ!!」


 突然、ライアン兵士長が叫び声を上げ、彼の身体が激しく発光し始めた。


 光源として、まばゆい光を放っている兵士長。


 僕はあまりの驚きに、物凄い勢いで感電している彼を眺めながら、「へぇ、骨って意外と透けて見えないものなんだなぁ」などと、サイコじみた感想をぼんやりと脳裏に浮かべていた。


「ビャビャビャビャッ……」


 聖女の像の呪いが終わったのか、ライアン兵士長の手が像から離れ、彼はそのままその場に倒れ込んだ。


「だっ、大丈夫……?」


 僕が彼の顔を(のぞ)き込むと、彼の口からポワッと白い煙が立った。


「ぢぁいじょうぶです……」


 いや、全然大丈夫そうじゃない。


 っていうか、これ本当に大丈夫?


 ちょっとだけ魂、抜けてない?


 なんだか不気m……いや、可哀想に思えたので、広場のタイルの上で呪いの余韻に浸っているライアン兵士長にスキルを使ってあげた。


「ほいっ、堕落」

「ぶお……?」

「立てそう?」

「ぶおっ!? ぶおおおおおおおおおお!!」


 ライアン兵士長は加湿器のように口からスチームを吐きながら、元気よく立ち上がった。


「スローさま!! やはり素晴らしいお力!!」

「いえいえ。くれぐれも安静にね」

「大丈夫ですよ!! 見て下さい!! ほらこの通り、完全回復です!!」


 彼は先程の取調室(とりしらべしつ)と同じように、マッスルポーズを決めてみせた。


 しかし、何度も言うように、これは完全に回復したわけではない。


 ただ痛覚を鈍麻させただけなので、彼の身体はとっくに限界を迎えているはずである。


 機嫌よく「ぶおぶお」言っているところ誠に申し訳ない。


 が、どうか安静にして欲しいと思う。お大事に。


「けれど、どうしてライアン兵士長だけが呪いを受けたんでしょうか?」


 日頃の行いでしょうか、と女性兵が首を(かし)げた。


「バッ、バカなことを言うな! 俺は毎朝欠かさず神殿でフィルフィさまにお祈りを捧げているんだぞ! 俺が呪いを受けたというより、天使さま方が呪いを受けなかったんだろう。持ち前の聖なる力でな」


 ライアン兵士長は、焦ったように自らの品行の方正さをアピールした。


 持ち前の聖なる力ねぇ……。


 天界育ちのみんなはともかく、常に卑猥(ひわい)と隣り合わせの生活をしている僕に聖なる力が備わっているとは到底思えないが……。


 ……まぁ、いっか。深く気にしなくても。


 今まで緑竜ミドリの隷属魔法や、コルネットさんの呪印を堕落させ、解除してきた僕である。


「この聖女像の呪い、僕が解いてあげようか?」


 そう提案してみると、ライアン兵士長の眼差しに熱が帯び始めた。


「ぶっ、ぶおっ!? そっ、そんなことが可能なんですか!?」


 興奮しているせいか、驚き方がとても暑苦しい。


 彼は、相変わらず大気中に白い煙を排出し続けている。


 もう尋常ではない「ぶお」加減。


 これは、ちょっとした煙害(えんがい)である。


「多分だけどね。ほいっ、堕落」


 僕は顔周りの煙を手で払うと、そのままその手を突き出し、聖女の像に堕落のスキルを掛けた。


 やはり、特にエフェクトが発生することもなく、聖女の像は微動だにしない。


「どうでしょう……? 成功でしょうか……?」


 恐る恐る女性兵が尋ねてきた。


「いつもだったら、これで解呪されてるはずだけど」

「ラッ、ライアン兵士長触って下さいよ……」

「なんでだよ、お前が行けよ……」


 本当に聖女の像が解呪されているかどうか、確認の押し付け合いが始まってしまった。


 信用されているのか、信用されていないのか、どっちなの?


「じゃあ、同時に触りましょう」

「そうしよう。それが公平だ」


 そう言って、ライアン兵士長と女性兵が聖女の像に近づき……。


「せーの!!」

「せーの!!」


 二人とも右手を振り上げると――


「ほいっ!!」

「ほいっ!!」


 ()()()()()()()()()が、勢いよく聖女の像にタッチした。


「おいこら!! お前っ!! フェイントだけはしないって約束だろうが!!」

「いや、私、そんな約束してませんよ!!」

「ズルいぞ!!」


 僕たち旅の一行を置いてけぼりにして、上司と部下がじゃれている。


「兵士長、そんなことより見て下さい!!」

「んあぁ? そんなことよりって……、おおおおおっ!!」


 ライアン兵士長は叫び声を上げた。


 聖女の像に触れているのに何も起こっていない。


 どうやら今度は呪いの攻撃を受けていないみたいだ。


「解呪されている!! 凄い!! 凄すぎる!!」


 兵士長を人柱にして安全を確認したズル賢い女性兵も、ようやく像に触れた。


「わぁ、ほんとに解呪されてる!!」

「ぶおおおおっ」

「早速、このことを司祭さまに伝えに行きましょう!!」

「そうだな!! 早く神殿に向かおう!!」


 公の場でワイワイと大騒ぎする兵士長たち。


「ん?」


 今、一瞬、聖女の像が動いたような?


 目の錯覚だったかどうか、僕がよく見て確かめようとしたところで――


「ねぇねぇ、スロー! ワタシ、お腹空いちゃった! ねぇねぇ! ねぇねぇねぇ!」


 レトが困ったように僕の(すそ)を激しく揺さぶってきたので、もうそちらに注意を払うことはなかった。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第169話 エミール司祭』は、来週、12月5日(土)に投稿する予定です。


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。

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