第167話 聖都フィルシュフィール
聖都フィルシュフィール。
それは、癒しの女神フィルフィを信仰する宗教――フィルシュ教の総本山がある都である。
街並みは非常に落ち着いており、上品で、壮麗な建物が、街一帯に神聖な雰囲気を漂わせている。
聖都の一番奥にある長い階段の頂上には、厳かな神殿が見える。
神殿には無論、女神フィルフィが祀られており、この聖都にやってきた新参者は、まずそこにいる司祭に話を通さなければならないらしい。
なので、ピカピカの新参者である僕は今、神殿に向かうため、ライアン兵士長たちに引率されて、聖都フィルシュフィールの大通りを旅のみんなと一緒に歩いている。
あの孤独でカオスだった取り調べを耐え抜き、最終的には自己ベストを大幅に更新するくらい尊大な態度を取ることによって、なんとか生還することに成功したが、もう疲労感が半端ではない。
「やれやれ……」である。
ただ、「やれやれ……」な思いをしたのは、僕だけではないみたいで……。
僕がようやくみんなと合流できたとき。
「スローっ!!」
「スローくんっ!!」
と、クラリィとコルネットさんご両名から飛び付かれ、熱い抱擁を受けたことは、まだ記憶に新しい。
とても怖い思いをしたという天使族の二人。
なんでも、本当に天使族なのか確かめるという名目で、女性兵に背中の羽の辺りを弄られたらしい。
天界城に攻めてきたり、地上で好き勝手したりしている人間族に、元々良い印象を持っていなかった彼女たちである。
そんな二人からすると、その身体検査は心的外傷レベルの出来事だったに違いない。
それはもう、精神衛生上の観点から非常によろしくない影響があったとしてもおかしくない程に。
ついさっき、震える二人を抱きしめている間、僕はライアン兵士長と女性兵にずっと畏怖の目で見られ続けていた。
きっと、彼らは、天使族の二人から熱烈なハグをされている僕という存在に怯え散らかしていたのだろう。
「このスローとかいう人間、一体何者なんだ!?」とか、「わっ、私はこれからどうなってしまうんだ……」とか、思われていたに違いない。
それに対して、僕は細やかな復讐として、「なんちゅうことをしてくれたんじゃいワレ」顔を作って、ライアン兵士長と女性兵を睨んでやった。
二人の兵士の顔から、見る見る血の気が消え去っていったのは言うまでもない。
そんなこんなで、ようやく自由を得た僕たちは、誰からも非難の目で見られることなく、堂々と往来を闊歩している。
まぁ、なんというか。
結果オーライ……なんつって。
すると、僕の不穏な心の動きを察知したのか、クラリィが――
「スロー……。今、ひわいなこと考えてただろー……」
「えっ!? 全然考えてなかったけど!?」
「ほんとかなぁ……?」
いやいや、本当ですけど!?
ダジャレを思い浮かべただけで、卑猥の認定をされてしまったら困る!!
依然としてジト目のまま、僕の心の中を見透かそうとしているクラリィ。
ちょっとした出来心だったんです、ごめんなさい。許して下さい。
すると、僕の隣から――
「スローくん、エッチなこと考えてたんですか?」
コルネットさんが声を掛けてきた。どこまでもピュアな表情で。
「いえ、全然、全くですよ! 僕なんて健全そのものですから!」
「……?」と、首を傾げるコルネットさん。
いや、「……?」じゃないですけど?
僕が健全であることに疑問を持たないで頂けますでしょうか?
「ほんとに……、健全ですからね……?」
コルネットさんは、どう自分の潔白を証明しようか焦っている僕を見て、邪念のない天使のスマイルをくれた。
「ふふふっ、そうなんですね」
あぁ、この慈愛に満ちた微笑みよ。
きっと癒しの女神とやらにも負けていないレベルの癒され具合である。
そんなとき、周囲が騒つき始めた。
「天使さまだ……」
「本物の天使さまよ……」
「あの微笑みを見てみろ……」
「あぁ、なんて神々しいんでしょう……」
……。
うむ。くるしゅうない。
基本的には僕と同じ所感を抱いているらしい聖都の人たちに、僕は易々と心を許した。
コルネットさんは、そんな信仰心に篤い者たちの視線に気付くと、困ったように僕に助けを求めてきた。
「スローくん……。何か私たち、凄く見られてるみたいなんですけど……」
「気にしなくても大丈夫だと思いますよ。みんなコルネットさんに見惚れてるだけですから」
「少し怖いです……」
そう呟くと、コルネットさんは不安そうに僕に腕を絡めてきた。
決して邪な気持ちのない彼女に対して、思春期ど真ん中の僕はダメだった。
急激な密着に緊張の色が隠せない。
もう鼻息の荒さがマッハ。
こんな様子、卑猥警察のクラリィにバレたら……。
「スロー……」
ひいっ! クラリィ!
卑猥じゃないです!
僕は卑猥だけど、卑猥じゃないんです!
と、ギリギリの精神状態の中、心の中で意味不明な弁明をしていると――
「ボクもちょっと怖くなってきた……」
「えっ?」
クラリィはそう言うと、僕の空いている方の腕――コルネットさんとは逆の方に、腕を絡めてきた。
両手に花ならぬ、両腕に天使。
何、この完全上位互換。
取り敢えず、卑猥認定されなくてよかった……。
ホッとして自然と表情が緩んでくる。
周囲の人だかりから発せられる騒めきが一層大きなものへと変化したが、僕はそんなことに注意を向けていられなかった。
この幸せ昇天顔を、可及的速やかに元に戻すことしか考えられなかった。
そんな調子で僕が天使の二人をエスコートしつつ、ニヤニヤ不審者顔からいつもの不審者顔に表情を戻せた頃、大きな広場に出た。
「わぁ~! ほら見て、レトちゃん! 立派だねぇ!」
「立派~!!」
僕たちの前の方を歩いていたヴィオラとレトが、広場の中央に置かれた女神像を見つけるや否や、その足下へと駆け寄っていった。
「ねぇ、ヴィオラー。どうしてこっちの像は汚れてるの?」
「う~ん。どうしてだろうねぇ」
女神像とは別に、もう一体。
かしずくようにして女神像に祈っている聖女らしき者の像があるが、女神フィルフィの像は美しく磨かれているにもかかわらず、不思議なことに、聖女の像の方はボロボロに朽ち果てていた。
すると、ライアン兵士長がヴィオラたちに近づき、咳払いを一つ。
「お恥ずかしながら、これは……」
ん? お恥ずかしながら?
これって、そんなにお恥ずかしいものなの?
おセンシティブなの?
「『怠惰治し』の像なんです……」
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第168話 呪われし聖女の像』は、来週、11月28日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。