第165話 黙秘権を行使します
草原で兵士たちに逮捕&拘束されてしまった僕たち一行。
男女二手に分けられた後、聖都の中心部に位置している狭い取調室で、話し合いとは名ばかりの厳しい事情聴取を受けていた。
早い話、僕は独りぼっちで尋問を受けているということである。
あぁ……。手錠の冷たさが、孤独な心に沁みる……。
「おいっ!! どうしてお前たちは、この聖都フィルシュフィールの領内に侵入してきたかと聞いているんだ!!」
現在、僕の隣で大気中に唾液を散布しまくっているこの髭面の大男は、先程、港でミドリに跳ね飛ばされた例のライアン兵士長である。
「黙秘権を行使します」
今までの彼の言動から推測すると、何を言っても信じてもらえそうになかったので、敢えて僕は何も言わないことにした。省エネのために。
「あぁ!? 黙秘権だぁ!? お前にそんなものが用意されているわけないだろうが!!」
ライアン兵士長はそう叫ぶと、テーブルを殴打した。
近年稀に見る人権の侵害である。
刑事訴訟法的観点からすると、これは到底認められてはいけない暴挙である。
ただ彼は、怒号とテーブルを叩く音で僕を威圧しようと安直に考えたみたいだったが……。
その際の衝撃がミドリに轢かれたときの傷に響いたらしく、クネクネとぎこちない動きになった。
「大丈夫……?」
「ぢぁいじょうぶだ……」
いや、全然大丈夫そうじゃない。
ライアン兵士長は、痛みに耐えながら辺りをヨロヨロと徘徊し、最終的にテーブルを挟んだ僕の対面に腰を落ち着けると、そっと額に滲んだ脂汗を拭った。
「ぢぁいじょうぶだ……」
いや、だから、全然大丈夫そうじゃない。
プルプルと身体を震わせながらも、念を押すように自分の安否を伝えてくるライアン兵士長。
そんな彼の健気さに、心を動かされた僕は――
「前も言ったかもしれないけど、僕たちは密入国なんてしてないから。ただ、向こう側の大陸で見つけたサント・セイント号っていう船に乗って、あの港に到着しただけなんだ」
と、優しく、懇切丁寧に事情を説明してあげた。
しかし、ライアン兵士長は――
「サント・セイント号ぉ!? お前、俺を舐めてんのかぁ!!」
と、何故か再び激高すると、拳を高く振り上げた。
それを冷静な気持ちで見ていた僕は、目を伏せ、首を横に振り――
止めておけ。また脂汗を流すことになるぞ。
無言でそう伝えた。
すると、彼は、「舐めてんのかぁ……」と、小さな声になり、大人しく拳を下げた。
「舐めてないよ。っていうか、ライアン兵士長、ちょっとサント・セイント号に食いつきすぎじゃない? 過去に何か辛いことでもあったの? 僕でよければ、話聞くよ?」
僕はもう、ほとんどカウンセラーやセラピストになった気持ちで、そう言った。
すると、ライアン兵士長は眉をひそめて――
「お前、本当に何も知らないのか? サント・セイント号ってのはな、百年くらい前、破邪聖女の首輪という太古の十神器の一つを乗せて海に出て以来、消息を絶った……、いわゆる幽霊船ってやつだ」
……。
「はぁ?」
僕は、目の前の男が何を言っているのか理解できずに聞き返した。
「お前がサント・セイント号に乗ってここまで来たなんて言うもんだから、つい熱くなってしまってな。幽霊船の名前を出して、俺を揶揄っているのかと思ったんだ」
幽霊船……?
僕がサント・セイント号に乗ったばかりの頃に、そんな噂話を聞いた覚えがあるけど……。
それが、サント・セイント号?
「はははっ、まさか! そんなバカな話!」
未だに信じられず、僕がそう笑うと――
「そうだな。確かに、俺たち聖都守備隊を揶揄おうなんてバカな話だからな。恐らく、船の名前を尋ねた相手が悪かったんだろう。お前、そいつに揶揄われているぞ」
何か少し勘違いがあるようだけど、誤解が解けたようでよかった。
しかし、僕は、誰にも揶揄われてはいない。
だって、その破邪聖女の首輪……。
僕、現物を目視しましたから……。
あと、それ……。
とある海賊に奪われたまま、まだ返ってきていない気がします……。
友人である女海賊デモーナの首に美しく輝いていた首輪を思い返して、僕はサント・セイント号と幽霊船との関係に、ますます疑念が深まるばかりだった。
「ふむ……。だが、それでは、お前が乗ってきたという船は、どこへ消えたんだ?」
「それは僕が聞きたいくらいだよ……」
「あぁん? 正直、クソ怪しいが……。その口振り、どうやら嘘は言っていないみたいだな」
痛みが引いてきたのか、ライアン兵士長の態度にやや元気が復活してきた。
「まぁ、船のことは追々調査するということで、次の質問だ。三大聖獣であるイッカクさまとハクロウさまに大怪我を負わせたのは、お前らか?」
「黙秘権を行使します」
「あっ、テメコラ! また黙秘権なんて生意気なことを!」
ライアン兵士長のこめかみに青筋が立つ。
だけど、その質問には答えられない。
何故なら、そのアンサーはイエスだから。
はい、そうです。僕たちがやりました。
僕が、まるで魂が抜けてしまったかの如く、無の表情で沈黙を貫いていると、取調室の硬い金属性の扉が勢いよく開かれ、一人の女性兵が室内に駆け込んできた。
「ライアン兵士長!! 大変です!! 大変なんです!!」
彼女は切羽詰まった様子でそう言うと、ライアン兵士長の肩を揺さぶり始めた。
「おい、どうした。そんなに焦って。衝撃の事実でも発覚したのか?」
ライアン兵士長は、身体の痛みで涙目になりながらも、部下に威厳を保とうとしている。
「衝撃の事実なんてもんじゃありません!!」
「待て、待て。俺に少し心の準備をさせてくれ」
衝撃の事実……。
グワングワンに身体を揺さぶられているライアン兵士長を前に、僕は生唾を飲み込んだ。
「ははは! まさか、お前らの処刑だったりしてな!」
満身創痍の癖に、必死に余裕な表情を装い、僕を煽ってくるライアン兵士長。
そんな彼の肉体からはミシミシとヤバそうな音が聞こえてくる。
もういい。
もういい、休め、ライアン兵士長。
僕が哀れみの心でそんなことを思っていると、女性兵が大きな声で――
「違います!! 直ちにそのお方を解放して下さい!!」
いやそれ、今僕が一番言いたい言葉ーーっ!!
脊髄反射で声を上げそうになる僕。
あなたこそ早くライアン兵士長を解放してあげてくれ!
彼の筋線維は、もうとっくに限界だから!
しかし、女性兵は、現在進行形で、ライアン兵士長に継続的なダメージを与え続けて止めない。
「ライアン兵士長! 早く彼の手錠を外して下さい!」
えっ? 何?
僕の手錠、外してくれるの?
「なんだ? 急にどうしたって言うんだ?」
ライアン兵士長も、何が何やら分かっていない様子。
すると、女性兵が興奮で息を切らしながら――
「この方々は、天使さま御一行です!!」
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第166話 天使さま御一行ですが何か?』は、来週、11月14日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。