第163話 消えた客船サント・セイント号
「おい、お前ら!! そこで何をしている!!」
耳をつんざくような大声がしたかと思うと、複数の兵士の姿があった。
その先頭には、今の声の持ち主――兵士長らしき髭の生えた大男が立っている。
気が付けば、僕たちの背後にも、兵士たちが武器を構えて待機しているではないか。
どうやら、僕が呑気にみんなの頭を撫でている間に包囲されてしまっていたらしい。
「港に不審な集団がいるという通報を受けてやってきたが、お前らのことだろう!!」
不審だと!? 失礼な!!
と、声を大にして言いたかったが、それは僕たちのことで間違いないだろう。確定。
「そこで何をしている」と聞かれたからといって、「見ればわかるだろう。ここにいる全員の頭を撫でている」とは答えられない。それは、あまりにも不審すぎる。
なので、そんな不審な集団の中心に立っている僕としては、兵士長の詰問に返す言葉は何一つとして無かった。
ぐうの音も出ないとは、このことである。
僕が言葉を失い、頑なに沈黙を守っていると――
「お前らが密入国者か、と聞いているのだ!!」
兵士長が、回答を急かすように、怒号を飛ばしてきた。
「密入国者?」
なんじゃそりゃ?
僕たちはただ、波止場で、男女の見境なく、のべつ幕なしに、頭をナデナデしたりされたりしていただけだけど?
……。
怪しい者ではない。
とは口が裂けても言えないが、密入国者ではないことは確かである。
不審者ではあるが、密入国者ではない。
怪しいかもしれないが、これでも法律は遵守するタイプである。
なんなら異世界に生きる上で一番大事なのは、コンプライアンスだと思っている節すらある。
「無人島に一つだけ持っていけるとしたら何を持っていく?」という質問にも、「コンプライアンス!」と元気に答えるレベル。
「僕たちは、ただの旅人だよ。密入国者じゃない。たった今、あの船に乗って港まで来たんだ」
僕は、兵士長から視線を外さずに、指だけをサント・セイント号が停泊していた方に向けて、そう堂々と断言した。
しかし……。
「あぁ? 船ぇ? 船なんてどこにある」
「どこも何も、あそこにちゃんと停泊して……」
振り向くと、停泊していたはずのサント・セイント号がどこにも見えなくなっていた。
それも綺麗さっぱり。
「あれっ!? サント・セイント号は!?」
どこに消えたんだ!?
まだ、あの船の中にはミドリが残っていたんだぞ!?
僕が焦りと困惑の中、船着き場や沿岸の周辺をキョロキョロしていると――
「サント・セイント号だぁ? お前、何を寝惚けたことを言っているんだ」
兵士長が、僕を卑下するような口振りで、そう言った。
「いや、寝惚けてなんてないから! 確かにさっきまで、そこに停泊してたんだって!」
「まぁいい。仮に船で到着していたとして、お前ら、許可証は持っているのか?」
「許可証……?」
「持っていないんだろう」
「えっと、まぁ、その……」
「我が聖都領に無許可で近づこうとする船は、三大聖獣であるイッカクさまに沈められるからな。どうせお前らは船ではなく、魔法とか魔道具とかを使って、この波止場までやってきたんだろう」
いやぁ……。
多分、そのイッカクさま……。
僕たち、倒しちゃいました……。
ついさっき、クラリィが雷魔法をブチ込みました……。
青い空に突然黒い雲が発生したかと思うと、僕たちの船を沈めようとする近海の主っぽいモンスターの、頭部から突き出た一本の長い角に、まるで避雷針かの如く、激しい雷が落ちた。
その痛快だった光景が、僕の脳裏にフラッシュバックする。
一撃だった。
三大聖獣が何かは知らないが、圧倒的な火力の前では、聖獣もひれ伏すしかないのである。
全身が真っ白の体毛に覆われていて、トドやセイウチのように肉々しいボディを持っていた「イッカクさま」とやらは、今頃、夢の中で、僕たちの船の前に立ちはだかったことを後悔していることだろう。
そんな風に、僕が眼前の脅威から目を背けていると、兵士長の後ろから、新兵らしき一人の若い男が慌てた様子で現れた。
「ライアン兵士長!! たっ、大変です!!」
「なんだ、お前! 報告なら後にしろ!」
「そっ、それが、たった今入ってきた情報によりますと、イッカクさまが、何者かに襲撃され、負傷されたとのことです!」
「何ぃ!? 本当かそれは!?」
「はい! 感電でもしたのか、痺れと火傷を負った状態で、海に浮かんでいたそうです!」
「海で感電しただとぉ!? どういうことだ!?」
僕たちに突き刺さる、ライアンと呼ばれた兵士長、そして一般兵たちの鋭い視線。
それらの視線に耐えきれず、目を逸らす僕。
逸らした先には、クラリィが、コルネットさんの背後に隠れて震えていた。
ここは僕がなんとかしなければ……。
なんとか隙を見つけて、この場から逃げ出せないものか……。
そう思ったとき、空中のどこかから、聞き覚えのある声が響いてきた。
「ごじょぉ~せんのみなさまにご連絡申し上げまぁ~す。船内放送だよぉ~」
間違いない。これはあの男の声だ。
今の今まで僕にキャプテンハットの上から頭を撫でられ、恍惚の表情をしていたあの男。
どこへ姿を消したのか、現在進行形で行方をくらましている客船サント・セイント号の船長。
まさに、その人の声だった。
「船内放送ぉ!? なんだ!? ここは船の上じゃねぇぞ!?」
ライアン兵士長は、見えないところから流れてくる船内放送に、驚きを隠せない様子。
そのリアクションは、かつて初めて船外で船長の放送魔法を聞いた僕のものと類似していた。
ただ、驚くにはまだ早い。
この自称・船内放送の奇想天外なところは、これだけではないのである。
「ちょっと船長! 急にどこ行ったのさ! っていうか船は? ミドリがまだ中にいたでしょう?」
迫るトラブルから一足先に逃げ出した薄情な船長に向けて、僕は矢継ぎ早にそう尋ねた。
すると、距離感や方向がイマイチ掴めないサラウンドで――
「ごめんよぉ~。ちょっと訳アリでねぇ~」
どこか申し訳なさそうな船長の声。
それを聞いたライアン兵士長は、僕を見ながら――
「あいつ、船内放送なのに会話してやがる……」
と、信じられないものを目の当たりにしているかの如く、驚愕の表情をしている。
「その代わぁ~りと言ってはなんだけど……」
その代わぁ~り?
船長の意味深な口振りに、僕は続く言葉を待った。
「この港の入り口に、竜車の準備をしておいたよぉ~!」
「えっ? じゃあ、ミドリもそこにいるの?」
「う~ん! 元気でみんなを待っているよぉ~!」
オッケー。
現状は全然オッケーじゃないけど、取り敢えずオッケー。
僕たちは、どうにかして、港の入り口まで行かなくてはいけない。
「いつでも出発できるようにしてあるからねぇ~!」
という船長の無駄に間延びした声を受けて、僕は周りにいる旅のメンバーに目配せをした。
船長の声の出所を突き止めようと、兵士たちの注意が散漫になっている今がチャンスだ。
合図と同時に攻撃を集中させて、一点突破で港の入り口まで……。
と、僕が水面下でそんな計画を企てていた、そのときだった。
「クロロロン!!」
強烈な嘶きと共に、緑竜ミドリが、兵士たちの遠く後方から爆走してきた。
それも、竜車を牽きながら。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第164話 港からの大脱走』は、明日、11月1日(日)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。




