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第157話 パンちゃん


 クラリィへの謝罪の後、猛省した僕は、心を入れ替えたように泳ぎ方を教えた。


 それはもう、真剣に。


 すると、それが功を奏したのか。


 クラリィはもちろんのこと、泳ぐことを諦めかけていたヴィオラでさえも泳ぎの基礎を習得し、「今後、日銭に困るようなことがあったら、天界で水泳教室を開こう」と、僕が新たなる自分の才能に気付き始めた頃。


 空が夕焼け色に染まった。


 少し離れた沖の方で、文字通り()()()()バタ足の練習をしているレトとコルネットさんを遠目に眺めつつ、僕たちは一足先にレッスンを切り上げることにした。


「ふい~! スロー教官は流石だねぇ! ついに私も泳げるようになったよ~!」


 ヴィオラはタオルで身体を(ぬぐ)いながら、とても嬉しそうな様子。


「いやいや、教官なんて大袈裟な。ヴィオラとクラリィに元々泳ぐセンスがあっただけだよ」


 と、僕が照れ隠しにそう言うと――


「そんなことないよ! スロー、教え方上手だったよね?」

「うん! めっちゃ上手!」


 ヴィオラとクラリィが、手放しで僕を褒めてくれた。


 素直に嬉しい。もう僕、これから水泳の先生として生きていきます。


 と、旅のことを忘れて有頂天の僕に、ヴィオラが言葉を続けた。


「だって、最初にレトちゃんから教わったときは、『泳ぐの、ちょっと諦めよう』って、私、絶望したもん!」

「絶望したの!? そんなに!? レ、レトからは、なんて教わったの……?」

「レトちゃんはねぇ……」


 ゴクリと僕は息を飲んだ。


「『手はヘビみたいに、うにゅ~んってやって、足はバタバターーって頑張る感じ!』って言ってた」

「いや、それ感覚派の教え方!!」


 一番コーチに向かないタイプ!!


 僕は唖然(あぜん)としながら、夕空の下、依然(いぜん)としてコルネットさんを熱心に指導しているレトに視線を向けた。


 それは日の沈みゆく茜色の海で、アマゾネスの幼女と純白の天使が(たわむ)れている絶景だった。


 たまに爆弾でも投下されたのかと思うくらい激しい水柱が上がるが、それもまた(おもむき)深くていい。


 しかし、コルネットさん。


 よく今ヴィオラが言っていた説明だけで、レトの泳法をマスターしたな。


 凄いことだぞ、それは。センスの(かたまり)


 そんなことを思っていると、砂浜の向こう――少し前に悪魔族の海賊たちと熱い試合を繰り広げた方から、見覚えのある女性がやってきた。


「よぉ、スロー! 見た感じ、もう元気そうだな!」

「ギギィ! みんな、お客さんを連れてきたギギ!」


 と、相変わらず肌の露出が多いデモーナ。


 彼女の大きく開かれた胸元のクレバスには、ヘルサが突き刺さっている。


「デモーナ、その節はどうもありがとう! お陰様で、もうすっかり元気だよ!」

「急にイカの上で気絶したときはどうしたかと思ったぞ。まぁ、なんともないみたいでよかったよ。安心した」


 僕が感謝の意を伝えると、デモーナは表情を(ほころ)ばせた。


「それで……」


 僕は目線を、デモーナの整った顔から、そのまま豊かに実った双丘の方に下げていく。


「ヘルサは、なんでそんなところに挟まってんの?」

「ここがオレのテーイチギギ!」

「そんなわけあるか!!」


 そんな羨ましい定位置があってたまるか!!


 すると、僕の隣にいたヴィオラが――


「あっ! パンちゃんだ! 昨日の夜は、下っ端さんの看病で大変そうだったけど、もう大丈夫なの?」


 と、かなり親しげに、デモーナに話しかけた。


「パンちゃんじゃない! 私のことは、デモーナと呼べと言っているだろうが!」


 パンちゃんこと、本名パン・デモーナは、ヴィオラに軽く文句を言った後。


「あいつらのお腹の具合は、あのはしゃぎようだ、もう心配いらないだろう。昨日は突然深夜に訪問して悪かったな。胃腸薬、助かったよ」


 と、少しだけ頭を下げた。


 そうか。二人がこんなにもフランクに会話しているのは、僕が気絶していた間に一度会っていたからか。


「それは、よかった! ねぇ~、クラリィ」

「う、うん……。そうだね……」


 ヴィオラはクラリィに同意を求めたが、彼女は現在、絶賛人見知りを発揮している最中だったので、小声で返事をすると、僕の後ろに隠れてしまった。


「あー……。今日は、その礼とだな……」


 デモーナはそう言い(よど)むと、白い鎧の隙間から何かを取り出した。


「これ、ホイッスル。さっき私の仲間たちと遊んでくれたらしいじゃないか。それで、戦利品を渡しそびれたから届けてきて欲しい、って言われてな」

「あぁ……。それはレトの……」

「そうそう。レト様にお渡ししないといけない、とか言ってたな。で、そのレト様とやらは、今どこにいるんだ?」


 僕は、沖の方で豆粒くらいの小ささに見えている二人を確認すると、そちらを指差した。


 ちょうどその辺りで、爆音と共に、天界まで届きそうな水柱が発生した。


「おぉ……。あれは水中での戦闘訓練か? 冒険者というのも大変だな。準備に余念がないというか、なんというか」


 いいえ、デモーナ……。


 実は、あれ……。


 模擬戦じゃなくて、泳ぎの練習なんです……。


 とは言えずに、僕は、「ははは……」と、笑って誤魔化した。


 すると、デモーナは、僕の目をまっすぐ見て――


「私たちが初めて出会った森で聞いた話だが、もしかしてスローは、あそこにいるレト様の眷属(けんぞく)なのか?」

「えっ!!」


 デモーナの素朴な疑問に答えるように、僕の口から濁点付きの「え」が出て行った。


 あぁ……。確か、そんなことも言ってたっけ……。


 すると、ヴィオラが――


「そうだよ! ねぇ~、クラリィ」

「それはノーコメントぉ……」


 ちょっと、ヴィオラさん。話をややこしくするのを止めてくれませんか。


 こじれるから。今から絶対に、話がこじれるから。


 あと、クラリィはもっと元気を出して。デモーナはそんなに怖い人じゃないから。


「そうか、やっぱりなぁ。じゃあ一度、しっかり挨拶しておかないとなぁ」

「レトに挨拶? なんで?」

「なんでって、そりゃあ、おたくのスローくんとベッドを共にさせていただきましたって」

「いや、言い方!!」


 確実に誤解を(まね)いたであろう物言いに、ビクビクしながら後ろを振り返ると――


「おー……」と、小さく頷きながら、何故か感心している様子のヴィオラ。


 そして、人見知り状態で縮こまりつつも、目付きが鋭くなっているクラリィ。


「違うからね。酔っぱらったデモーナに、部屋に連れ込まれただけだからね。本当に何もなかったからね」


 と、誤解を解くため、僕は(あわ)てて二人に弁解する。


 すると、ヴィオラが一言。


「大丈夫だよ! スローとベッドを共にするくらいなら、私たちもみんなやってるから!」

「だから、言い方ぁぁぁ!!」


 今度はデモーナに誤解を与えることになってしまったじゃないか!!


 僕は貞淑(ていしゅく)なのが売りみたいなところがあるから、ご機嫌ハーレムマンだと思われたら個性が腐ってしまう!!


 そんな個性の瀬戸際に震えながら、デモーナの顔色を窺うと――


「なんだ、そうだったのか」


 あれ?


 意外と、あっさりした表情……。


「だが私たちは、お互いにニギニギし合った仲だからな!」


 いや、違う! これは勝ち誇った表情だっ!!


「もう止めて! これ以上は僕が死ぬっ!!」


 もうこれ以上、誤解に誤解を重ねないで下さい……。


 後生ですので、お願いします……。


 当然のように、背後からは、「ニギ……ニギ……?」というヴィオラの戸惑いの声と、「ヒワイ……、モヤス……」というクラリィの粛清(しゅくせい)一歩手前の呟きが聞こえてくる。


 僕は、首だけが180度回転しそうな勢いで振り返り、急いで釈明する。


「ニギニギし合ってない!! 僕が一方的に握っただけで、僕は握られてないからね!!」


 ……。


 ……。


 ……ん?


 果たして、この釈明は、釈明になっているのだろうか?


「スロー……。パンちゃんを一方的にニギニギしたの……?」

「ヒワイ……」


 違う違う! そうじゃ、そうじゃない!!


「そうだぞ! もうニッギニギだった!!」


 デモーナは、黙ってて!!


「ニッギニギだったの……?」

「モヤス……」


 困惑しているヴィオラの隣で、とうとうクラリィは魔導書を光らせてしまった。


 さよなら、世界……。


「待って!! 僕が握ったのは、デモーナの羽だけで――」


 と、死を前にした僕が、なんとか最後のあがきをしようとした、そのとき。


「スローくん……」


 僕のすぐ後ろに、気配を消したコルネットさんの顔があった。


「ひえっ、コルネットさん!? いつの間に!?」


 今の今まで、レトと沖の方で泳いでませんでしたっけ!?


「私に、そのお話、詳しく聞かせて下さい……」


 ひいっ! コルネットさん!


 目が(うつ)ろで怖いっ! そして、近いっ!


 目からハイライトが消えてしまったコルネットさん。


「あの人の羽をニギニギしたんですか……?」


 あぁ、そうだった……。


 天使族の間では、『羽に触れる』という行為は、ベリーアダルティなことなんだった……。


「えっと、あの、その、それは(なか)ば無理矢理というか、なんというか……」

「ニギニギしたんですね……?」


 ひいぃ……。圧が凄いぃぃ……。


「はい……。しました……」


 僕は全てを諦めて、白状した。


「次から羽をニギニギしたくなったら、私ので我慢して下さいね……?」

「はい、そうします……えっ!?」


 コルネットさんは何を言っているの!?


「お前がレト様か?」

「そうだよ。あなた誰ぇ?」


 そうこうしている内に、まだ誤解は一つも消えていないというのに、デモーナがレトとの邂逅(かいこう)を果たしてしまっているではないか。


「私は、パン・デモーナ! 気軽にデモーナと呼んでくれ!」

「わぁ~い! パンちゃん!」

「どうして、みんなデモーナと呼んでくれない!?」


 なんだか混沌としてきた夕暮れ時のビーチ。


 僕は、少しの肌寒さと同時に、デスアイランドとの別れが近づいてきている気配を、なんとなく感じ始めていた。


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第158話 笑い合う二人』は、9月26日(土)に投稿する予定です。


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。


ご指摘やご感想もお待ちしております! 大歓迎!

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