第155話 好き放題アンストッパブル
デスアイランドの砂浜で、一つの戦いにピリオドが打たれた。
まだ敗北が受け入れられないのか、審判のジャッジに文句をつけている海賊の下っ端A。
そんな彼に、優しく言葉を投げ掛ける男がいた。
「まぁまぁ、落ち着けって。相手は可愛いお嬢ちゃんたちなんだから」
それは満身創痍の下っ端Bだった。
「下っ端B……。生きていたんだね……」
レトに前科が付かなくて、よかった……。
と、僕は幼女レトの保護責任者としての立場から、心底ホッとした。
レトの殺人スパイクを顔面に受けて、しばらく死の淵を彷徨っていたのだろう。
下っ端Aを宥める下っ端Bには、何か達観した雰囲気があった。
ある種、「ありがたみ」すら漂うその言葉を受けて、下っ端Aは――
「それもそうだな。俺、どうかしてたわ」
と、まるで別人になったかのように、突然冷静さを取り戻した。
説得に成功した下っ端Bは、ポンッと下っ端Aの肩を叩いた。
おぉ、あれが一度往生際までいった男の立ち振舞いか。
と、僕は、下っ端Bの纏う空気にジェントルマンの神髄を見た。
だって、もう顔付きからして違う。
「敗者は、勝者の言うことを聞かなければならない」という恐ろしいルール。
それを承知の上で、すでに覚悟を決めた紳士の顔だった。
敗者である下っ端AおよびB両名は、潔い面持ちのまま、コートを区切るネットの下を潜り、ヴィオラとレトに近づくと――
「お嬢ちゃんたち!!」
「俺たちのことを好きにしてくれっ!!」
……んん?
何か様子がおかしいぞ?
「俺たちには何を命じてくれても構わんっ!」
「虐めて! 叩いて! 罵って!」
前言撤回!! やっぱり、こいつらただの変態だった!!
完全に、ヴィオラたちに好き放題される気でいやがる!!
しかし、大丈夫なのか?
こいつら、好き放題される妄想が逞しすぎて……。
鼻の下が伸び切ってしまっているんだが?
もはや、鼻の下が伸びすぎて……。
変態というより……。
変異体になってしまっているんだが?
「さぁ! 命じてくれ!」
「さぁっ! さぁっ!」
と、ヴィオラとレトにプレッシャーを掛ける変態たち。
すると、レトが困った表情で口を開いた。
「う~ん、でもなぁ~。ワタシ、そういうのは、もうスローがいるからなぁ~」
えっ、そういうのって……。
どういうの?
と、僕が困惑するも、時すでに遅し。
「なっ!?」と、下っ端AおよびBの声が重なり、そのまま彼らの口が開けっ放しに。
そして、レトの迂闊な発言によって、周囲の観客から一斉に向けられる、僕への冷やかな視線。
「まさか、こいつ……。そういう癖が……」という、何かを勘違いした軽蔑の眼差し。
「おっ、お嬢ちゃんは、まだ幼いのに……。けしからん……」という、言葉に反した羨望の眼差し。
現在、主にその二極化が顕著である。
だが、少し待って欲しい。ジャストアモーメント プリーズ。ストップ イット。そして、シャラップ。
確かに僕は、いろんな意味で、今までレトからかなり好き放題にされてきたけど。
ただ、そっちの意味でだけは、好き放題にされていない。
これだけは自信を持って言える。絶対にされていない。
だから誤解しないで欲しい。
僕は、完全変態でも不完全変態でもないし、ましてや変異体や究極完全体などでは決してない。
至ってノーマルな性癖を有していることを自負しておりますゆえ……。
と、何卒ご容赦願いたい気分になり始めた僕に――
「ふふふっ。まぁ、実際、スローはレトの玩具みたいなところあるしね」
「ちょっ!! クラリィ、何言ってんの!?」
クラリィの悪戯な一言。
それにより、僕たちを中心として、「やっぱりな……」と、誤った情報が加速度的に伝播していく。
「そうだったんですか? それなら是非、私もスローくんで遊んでみたいです」
「コルネットさん。その発言は、僕、ギリギリアウトだと思います」
「そうなんですか?」と、首を傾げている無垢なコルネットさんは、多分、一番現状を理解していない。
今、この場では、どうしても僕をアブノーマルにさせる流れができてしまっている。アンストッパブル。
これは非常に危険な流れだ。ベリーデンジャラス。
このままでは、海賊たちの中で、僕は特殊性癖をダブルで嗜みし者としての地位を、立派に確立してしまうことになる。少し泣いてもいいですか。
そんな調子で、僕の目頭に海水よりも塩っぱい何かが滲み始めたとき。
「あーーっ! じゃあねぇ、ワタシあのホイッスルが欲しい!」
レトが、まるで妙案を思いついたかように、下っ端たちに命令を下した。
彼女の視線の先には、ホイッスルの使い手である審判の姿があった。
すると、下っ端の二人は、素早い動きでレトの前に跪くと――
「御意のままに……」
「承知致しました、レト様」
と、声を揃えて畏まった。
「流石に、レト様はやりすぎでは?」と、思いつつその光景を眺めていると、下っ端の二人が立ちあがり、審判ににじり寄っていった。
「おっ、おい……。お前ら……。俺に何するつもりだ……」と、怯える審判。
「うるせぇ、ホイッスルおじさん……」
「俺たちは、レト様の僕なんだよ……」
生まれたてのゾンビのようにゆっくりとした足取りで、隙を窺う二人の悪魔。
彼らはその邪悪な目を光らせると、審判の左右から絶妙なタイミングで飛び掛かった。
第二次砂上の戦いの勃発である。
「だからホイッスルはやらねぇ! やらねぇって!」
「おりゃあ!」
「おんどりゃあ!」
組んず解れつの攻防。目にも止まらぬ早業。
一体、何が起こっているのか。
全く分からないし、分かりたくもない。
そして、次の瞬間。
「んっ……! そこはっ……!」
「ダメッ!」
「アーーーーッ!!」
何故か、審判と下っ端たちの美しくない色声が、絡み合うように響き渡った。
ただ、幼いレトや、何事にも興味津々のヴィオラには、ちょっと教育上よろしくなさそうだったので。
「ねぇ、クラリィ、コルネットさん。試合も終わったみたいだしさぁ。あそこの二人も連れて、そろそろパラソルの方に帰らない?」
「そうだね、ボクもそれがいいと思う」
「はいっ。そうしましょう」
レトの僕たちには申し訳ないけれど、僕はみんなを引き連れて、この戦場から離れることにするのであった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第156話 水泳教室は、堂々と』は、9月19日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。
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