表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

156/193

第155話 好き放題アンストッパブル

 

 デスアイランドの砂浜で、一つの戦いにピリオドが打たれた。


 まだ敗北が受け入れられないのか、審判のジャッジに文句をつけている海賊の下っ端A。


 そんな彼に、優しく言葉を投げ掛ける男がいた。


「まぁまぁ、落ち着けって。相手は可愛いお嬢ちゃんたちなんだから」


 それは満身(まんしん)創痍(そうい)の下っ端Bだった。


「下っ端B……。生きていたんだね……」


 レトに前科が付かなくて、よかった……。


 と、僕は幼女レトの保護責任者としての立場から、心底ホッとした。


 レトの殺人スパイクを顔面に受けて、しばらく死の淵を彷徨(さまよ)っていたのだろう。


 下っ端Aを(なだ)める下っ端Bには、何か達観した雰囲気があった。


 ある種、「ありがたみ」すら(ただよ)うその言葉を受けて、下っ端Aは――


「それもそうだな。俺、どうかしてたわ」


 と、まるで別人になったかのように、突然冷静さを取り戻した。


 説得に成功した下っ端Bは、ポンッと下っ端Aの肩を叩いた。


 おぉ、あれが一度往生際(おうじょうぎわ)までいった男の立ち振舞いか。


 と、僕は、下っ端Bの(まと)う空気にジェントルマンの神髄を見た。


 だって、もう顔付きからして違う。


「敗者は、勝者の言うことを聞かなければならない」という恐ろしいルール。


 それを承知の上で、すでに覚悟を決めた紳士の顔だった。


 敗者である下っ端AおよびB両名は、(いさぎよ)い面持ちのまま、コートを区切るネットの下を(くぐ)り、ヴィオラとレトに近づくと――


「お嬢ちゃんたち!!」

「俺たちのことを好きにしてくれっ!!」


 ……んん?


 何か様子がおかしいぞ?


「俺たちには何を命じてくれても構わんっ!」

(いじ)めて! 叩いて! (ののし)って!」


 前言撤回!! やっぱり、こいつらただの変態だった!!


 完全に、ヴィオラたちに()()()()()()()気でいやがる!!


 しかし、大丈夫なのか?


 こいつら、()()()()()()()妄想が(たくま)しすぎて……。


 鼻の下が伸び切ってしまっているんだが?


 もはや、鼻の下が伸びすぎて……。


 変態というより……。


 変異体になってしまっているんだが?


「さぁ! 命じてくれ!」

「さぁっ! さぁっ!」


 と、ヴィオラとレトにプレッシャーを掛ける変態たち。


 すると、レトが困った表情で口を開いた。


「う~ん、でもなぁ~。ワタシ、()()()()()は、もうスローがいるからなぁ~」


 えっ、そういうのって……。


 どういうの?


 と、僕が困惑するも、時すでに遅し。


「なっ!?」と、下っ端AおよびBの声が重なり、そのまま彼らの口が開けっ放しに。


 そして、レトの迂闊(うかつ)な発言によって、周囲の観客から一斉に向けられる、僕への冷やかな視線。


「まさか、こいつ……。そういう(へき)が……」という、何かを勘違いした軽蔑(けいべつ)の眼差し。


「おっ、お嬢ちゃんは、まだ幼いのに……。けしからん……」という、言葉に反した羨望(せんぼう)の眼差し。


 現在、主にその二極化が顕著(けんちょ)である。


 だが、少し待って欲しい。ジャストアモーメント プリーズ。ストップ イット。そして、シャラップ。


 確かに僕は、いろんな意味で、今までレトからかなり好き放題にされてきたけど。


 ただ、()()()()()()でだけは、好き放題にされていない。


 これだけは自信を持って言える。絶対にされていない。


 だから誤解しないで欲しい。


 僕は、完全変態でも不完全変態でもないし、ましてや変異体や究極完全体などでは決してない。


 至ってノーマルな性癖を有していることを自負しておりますゆえ……。


 と、何卒(なにとぞ)容赦(ようしゃ)願いたい気分になり始めた僕に――


「ふふふっ。まぁ、実際、スローはレトの玩具(おもちゃ)みたいなところあるしね」

「ちょっ!! クラリィ、何言ってんの!?」


 クラリィの悪戯(いたずら)な一言。


 それにより、僕たちを中心として、「やっぱりな……」と、誤った情報が加速度的に伝播(でんぱ)していく。


「そうだったんですか? それなら是非、私もスローくんで遊んでみたいです」

「コルネットさん。その発言は、僕、ギリギリアウトだと思います」


「そうなんですか?」と、首を(かし)げている無垢(むく)なコルネットさんは、多分、一番現状を理解していない。


 今、この場では、どうしても僕をアブノーマルにさせる流れができてしまっている。アンストッパブル。


 これは非常に危険な流れだ。ベリーデンジャラス。


 このままでは、海賊たちの中で、僕は特殊性癖(L&M)をダブルで(たしな)みし者としての地位を、立派に確立してしまうことになる。少し泣いてもいいですか。


 そんな調子で、僕の目頭に海水よりも(しょ)っぱい何かが(にじ)み始めたとき。


「あーーっ! じゃあねぇ、ワタシあのホイッスルが欲しい!」


 レトが、まるで妙案を思いついたかように、下っ端たちに命令を下した。


 彼女の視線の先には、ホイッスルの使い手である審判の姿があった。


 すると、下っ端の二人は、素早い動きでレトの前に(ひざまず)くと――


御意(ぎょい)のままに……」

「承知致しました、レト様」


 と、声を(そろ)えて(かしこ)まった。


「流石に、レト様はやりすぎでは?」と、思いつつその光景を眺めていると、下っ端の二人が立ちあがり、審判ににじり寄っていった。


「おっ、おい……。お前ら……。俺に何するつもりだ……」と、(おび)える審判。


「うるせぇ、ホイッスルおじさん……」

「俺たちは、レト様の(しもべ)なんだよ……」


 生まれたてのゾンビのようにゆっくりとした足取りで、隙を窺う二人の悪魔。


 彼らはその邪悪な目を光らせると、審判の左右から絶妙なタイミングで飛び掛かった。


 第二次砂上の戦いの勃発(ぼっぱつ)である。


「だからホイッスルはやらねぇ! やらねぇって!」

「おりゃあ!」

「おんどりゃあ!」


 ()んず(ほぐ)れつの攻防。目にも止まらぬ早業。


 一体、何が起こっているのか。


 全く分からないし、分かりたくもない。


 そして、次の瞬間。


「んっ……! そこはっ……!」

「ダメッ!」

「アーーーーッ!!」


 何故か、審判と下っ端たちの美しくない色声(いろごえ)が、絡み合うように響き渡った。


 ただ、幼いレトや、何事にも興味津々のヴィオラには、ちょっと教育上よろしくなさそうだったので。


「ねぇ、クラリィ、コルネットさん。試合も終わったみたいだしさぁ。あそこの二人も連れて、そろそろパラソルの方に帰らない?」

「そうだね、ボクもそれがいいと思う」

「はいっ。そうしましょう」


 レトの(しもべ)たちには申し訳ないけれど、僕はみんなを引き連れて、この戦場から離れることにするのであった。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。


次話、『第156話 水泳教室は、堂々と』は、9月19日(土)に投稿する予定です。


これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。


ご指摘やご感想もお待ちしております! 大歓迎!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▲応援いただけますと、大変励みになります!▲
 
▼みなさまのご感想、お待ちしております!▼
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ