第153話 砂上の戦い
僕たちの客船サント・セイント号、そして、悪魔族が支配している海賊船。
二隻の船が並んで停泊している、デスアイランドの入り江。
そこに広がる砂浜で、今から壮絶な戦いが繰り広げられようとしていた。
悪魔族特有の水色の肌をした屈強な海賊たちが、揃いも揃って不敵な笑みを浮かべている。
ただ、こいつら……。
今朝まで、デスクラーケンを食べて食中毒になっていたんじゃないのか。
グへグへ笑ってないで、速やかに布団に戻って、大人しくしておいて欲しいのだが。
そんな彼らと対峙しているヴィオラとレト。
両者、バチバチの睨み合いである。
そして、緊張の一瞬。
「いくぞ! どりゃっ!」
まずは先制攻撃と言わんばかりに、海賊の下っ端Aが跳躍したかと思うと、彼の右手から隕石のような一撃が放たれた。
そのあまりの速さに、ヴィオラとレトは全く反応することができず――
「ピィーーーー!!」
ホイッスルを咥えた審判が、サッと手で、悪魔側にポイントが入ったことを示した。
砂浜に残るサーブの跡は、見たところ明らかにコートラインの内側だった。
「おー……」
ヴィオラがその場で振り返り、興味深そうにサーブの跡を眺めている。
その隣では、レトが、「ねぇ、ヴィオラ! ワタシもあの笛、吹きたいっ!」と、ルールを完全に無視したワガママを言っている。
「いや、ビーチバレーかい!」
という僕の渇いたツッコミは、周囲の悪魔たちの歓声によって瞬時に消え去った。
どうやらヴィオラとレトは、僕たちが少し目を離した隙に、悪魔たちが開催していた「ビーチバレー」なる武士の戦に巻き込まれてしまったようだった。
もし仮に、これが喧嘩だったならば、仲裁とは名ばかりの鉄拳制裁を海賊たちにお見舞いしてやらなければならないところだけど。
何やら健全な遊びみたいだから、ちょっとだけ試合を観戦していこうか。
などと、僕が呑気に考えていると――
「ぐへへ、相棒……。この様子だと、案外余裕かもな……」
「そうだな、相棒……。勝ったチームが負けたチームを好きにできるって約束……。最高だぜ……」
と、相手の悪魔族の二人が、ネット越し――ヴィオラたちのコートの向こうで、鼻の下を伸ばして喜んでいた。
「おいこら、お前ら! うちの仲間と不健全な約束をすな!」
僕は、下っ端Aおよび下っ端Bに対して、盛大にヤジを飛ばした。
ヴィオラとレトを、あいつらの好きにさせるわけにはいかない! 絶対にだ!
しかし、僕の隣から――
「ほんとだよ。あんなやつらを好きにできたって、ちっとも嬉しくないからなぁ」
「ヴィオラちゃんたちは、あの悪魔さんたちをどうするつもりなんでしょうね?」
えっ?
クラリィとコルネットさんは、さっきの厳ついサービスエースを見ていたというのに、ヴィオラチームが勝つと信じて疑っていないようだ。
すると、すぐ近くにいた筋肉質の悪魔が、やけに馴れ馴れしい態度で、僕に声を掛けてきた。
「おうおう! なんだ、あんたら! あのお嬢ちゃんチームのお友達か?」
「そうギギッ! ダイジな仲間ギギッ!」
僕の頭の上で帽子みたいになっていたヘルサが、それに答えた。
「それなら残念だったな。このゲームは特殊なルールでな、俺たち海賊側が絶対に有利な仕組みになっているんだ」
「ギギィ~? 特殊なルール?」
「あぁ、5点先取した方の勝ちで、サーブの交代は無し。もちろんコートチェンジも無しだ」
えぇ……。それって、完全に……。
「サーブの権利を持ってるチームが有利じゃん」
思わず、僕の眉間に皺が寄ってしまう。
「まぁな! ただ、ビーチに慣れていないやつが、貧弱なサーブの権利をゲットしたところで、俺たち海賊側の有利は覆らないけどな!」
「なっ!?」
「それは、ヒキョーギギッ!」と、僕の心の声を代弁してくれるヘルサ。
「卑怯で上等! なんせ俺たちは悪魔族なんだからな! ガハハッ!」
そう言って、ムキムキの悪魔が豪快に笑ったそばから――
「ピィーーーー!!」
無情にも、ヴィオラチームが劣勢であることを告げるホイッスルが響き渡る。
「いいぞーー!」
「やれやれーー!」
「もう4対0だっ!!」
「あと1点!!」
「このまま押し切れーー!」
興奮する海賊たちから、ワァッと歓声が上がる。
その向こうから、ヴィオラたちのしょんぼりした声が聞こえてきた。
「楽しそうだったから参加してみたけど、あんまり楽しくないね、レトちゃん……」
「う~ん。ワタシ、飽きてきちゃった……」
ヤバい!! メンタルが折られかけてる!!
「じゃあ、もう早めに終わらせちゃおっか!」
「うんっ! そうしよう!」
えっ!? 早めに!?
二人とも諦める気なの!?
でも、このままじゃ……。
ヴィオラとレトが、悪魔たちの好きなようにされてしまう!!
不意に、僕の脳内に、とてつもなくダークな空想がよぎる。
僕は勢いよく首を振って、そのディープな空想を吹き飛ばす。
「ギギィ!?」
僕のドープな空想と一緒に、ヘルサも吹き飛ばされていったけど、今はそんなこと気にしてられない。
そんな不安でいっぱいの僕をよそに――
「よっしゃー! こっから挽回だー!」
「二人ともー! ファイトですよー!」
と、クラリィとコルネットさんが、笑顔で応援している。
そうだ。諦めるのは、まだ早い。
僕に何かできることがあれば……。
「ヴィオラー! レトー! 頑張れー!」
僕は、喉が許す限りの大声で、二人を応援した。
今の僕には、それくらいしかできることがなかった。
ヴィオラとレトが、僕たちの声援に気付き、こちらに手を振ってくれる。
頑張れ……。
頼む、勝ってくれ、二人とも……。
しかし、相手は悪魔族。
僕の祈りが届くのを待ってはくれない。
「おい、余所見してていいのかぁ!? お嬢ちゃんたちぃ!!」
慣れた手つきの下っ端Aから、ベリーナイスなサーブが放たれる。
その軌道は、寸分の狂いもなく。
物凄い勢いで。
「危ない、ヴィオラ!!」
ヴィオラの眉目秀麗な顔面に直撃のコース。
バチンッ!
と、ボールが当たる嫌な音がした。
砂浜のコートの高くまで跳ね上がるボール。
「ヴィオラッ!!」
僕の叫びが、砂上に轟く。
ただ……。
「へぶっ!?」
何故か、後ろに吹き飛ばされたのは、下っ端Aの方だった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
少しでも明るい気持ちになったり、クスっと笑っていただけていたら嬉しく存じます。
次話、『第154話 審議だ、審議!』は、9月12日(土)に投稿する予定です。
これからも、ゆるゆるな異世界コメディーを何卒よろしくお願い致します。
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